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scene22-01 いたいけペットな君にヒロイン役は(完)

 戌井誠も大学四年生に進級し、学生生活における最後の夏がやってきた。  将来に不安を抱いていた誠だったが、第一志望だった広告代理店の内定をもらい、納得できる形で就職活動を終えることができたのだった。  五十社近くエントリーし、エントリーシートだけで落ちたり、一次面接で落ちたりと多くの苦悩があったものの、何とかなったことに胸を撫で下ろしていた。 (最初に受けた企業はマジでボロボロだった。思い出したくもない……)  内定獲得者による報告書を自室で書きながら考える。いや、《ないない尽くし》にしてはよくやった方ではなかろうか。  いずれ晴れ晴れとした気分で、恋人の桜木大樹――彼は特別区の職員採用試験、および面接に合格した――と卒業旅行にでも行きたいものだ。 (その前に卒論どうにかしなきゃだけど)  就職活動を終えたとはいえ、卒業論文という壁がまだある。調査票の束を見るだけで先が思いやられた。  と、あれやこれやと考え事をしていたとき。 「今、いいか?」  ドアが控えめにノックされて大樹の声がした。返事をして出迎えると、彼は神妙な面持ちで立っていた。 「ん? どうした?」 「なあ、今年もお盆には帰省するだろ?」 「うん。……あ、そうそう、内定のお祝いしてくれるってさ!」 「それはそれとして。誠さえよければ、おばさんたちに話しておこうと思うんだけど」 「なにを?」 「俺らが付き合ってること」  瞬間、大きく心臓がドクンッと脈打った。大樹は言葉を続ける。 「誠をこういった方面に引きずり込んだのは俺だし。今後を考えれば、一度きちんと話をつけておきたいんだ」 「え……別にそんなのいーじゃん。なんだよ、大樹は負い目とか感じてるのかよ?」 「お前は大事な一人息子だし、家族仲がいいのずっと見てたから」 「いやまあ、そうかもしれないけど。なんで今なワケ?」 「大した理由じゃないが、良い節目だと思ったんだ。来年は社会人になるんだし」  突然の提案にどう返すべきかわからない。それでも、何か言葉を紡ごうと口を動かす。 「あー……そ、そうだよな、親にとって子はいつまでも子って言うし。……うん、いいと思う。いつかそんな日が来るんだろうなあって、俺も思ってたし」  我ながら、どこか空虚に感じられた。  帰省した際に、そろそろ彼女ができたかと冗談交じりに訊かれることもあって、困っていたのは確かだ。  真剣に付き合っている恋人がいるのならば、両親に紹介しておくべきだろう。この先もずっと隣にいたいから。そのためにきっと必要なことなのだ。  そう思うのに、何故か心がすっきりしない。 「やっぱり、嫌か?」  大樹が気遣うように言葉をかけてきて、思わず慌てた。 「違う違うっ。こーゆーの疎いからどうするのがいいか、わかんないだけ!」 「……そうか。誠は何も心配しなくていいよ。両親に認めてもらえるよう、しっかり話すから――全部俺に任せてくれないか」 「う、うん」  その後、再び一人になると、倒れ込むようにベッドに横になった。頭の中にあるのは先ほどの会話だった。 (そっか、男同士なんだもんな。いろいろ考えるのがフツーか)  今まで二人の関係性については深く考えず、ただ漠然と一緒にいたいと思っていた。が、現実としてはいかがなものか。  結婚もできないし、子供も作れない……きっと考えているよりも世の中は厳しく、世間体的にどうにもならない問題は多々あるだろう。  だからといって、大樹との関係を諦めるつもりはない。どんな壁が立ち塞がろうとも、この幸せは絶対に手離したりなどしない。 (大樹も、そう思ってくれてるんだろうな)  家族ぐるみで長年の付き合いがあるなか、二人の関係性を告白するのだ。よほどの勇気がいることだろう。それだけ誠実な付き合いを望んでいるのがわかる。  何よりも大切な彼が、自分との将来を考えていてくれるのは嬉しい。しかし、幼稚で色恋に疎い誠は、いつだって相手ほどの考えに至らず、もどかしい思いを感じていた。 (いつまでもこれじゃ駄目だよな。二人の問題なんだから、俺もちゃんと考えなくちゃ。どうやって話を聞いてもらおう……だとか)  心に決めるも、胸中は煮え切らない思いでいっぱいで、少しも考えがまとまらなかった。     ◇  結局、複雑な感情を抱えたまま、帰省の時期が来てしまった。  大切な話があることを伝えておいた方がよかったのだろうが、何もかも言わず仕舞いだった。 「二人とも、無事に就職が決まって本当によかったわね!」  実家に帰ると、母親の直子が朗らかに迎えてくれた。  直子は、テーブルに麦茶や茶菓子を並べながら次々と話しかけてくる。それに対して大樹が、実の息子のように慣れ親しんだ口ぶりで返していった。  いつもどおりの風景だが、誠の胸はドキドキと鳴りっぱなしだ。いつカミングアウトするのだろうかと、気が気でない。 「誠? どうしたのよ、ボーっとして?」 「えっ……あ、うん」  直子の呼びかけにギクリとする。目と目が合って、咄嗟に目線を逸らしてしまった。 「コイツ、卒論が進まなくて憂鬱なんだって」  すかさず大樹がフォローを入れてきて、直子も「なるほどね」と苦笑する。助けてもらえたのはよかったが……、 (なんだろう。すっげえ嫌な感じする)  モヤモヤとした自分の心情がよくわからないでいた。  それからも会話は続いたものの、話題はもっぱら近況や将来に関してで、大樹が二人の関係について言い出すことはなかった。  そして、何故かほっとしている誠がいるのだった。

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