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おまけSS 桜の日の…

 四月、桜舞う季節のとある休日。 「おお! すげー綺麗!」  誠が無邪気な声をあげながら、咲き乱れる桜にスマートフォンを向ける。そんな姿を大樹は静かに見ていた。 (桜ひとつで、はしゃぎすぎだろ……)  脈絡もなく誠が「近くに桜咲いてた! 見に行きたい!」と言いだしたので、その言葉のままに近所の公園にやってきたはいいが、正直に言ってしまえば大したことはない。  桜の木が数本立っているだけで、もちろんのこと見物人も皆無だ。それでも、このバカで可愛らしい恋人は楽しげに笑うのだから、少し反応に困ってしまう。 (誠ほどではないにせよ、俺も人のことは言えないか)  好きな相手が一緒ならば、どのような些細なことでも特別に思えるのだから、恋愛というものは不思議だ。こうした何気ない日常の一コマが愛おしくて仕方ないのだ。 「大樹!」  不意に名を呼ばれて意識を向ける。道端に落ちていた桜の花びらを、誠が両手いっぱいに掬っていた。 「うわあっ!?」  かと思えば、素っ頓狂な声があがる。  強い春の風が吹き、誠の顔面めがけて花びらが勢いよく放たれていた。察するに、こちらへ浴びせたかったのだろうが、失敗に終わったようだった。 「うへえ~、これ砂まじりだあ」  誠が渋い顔をする。その様子を見て、大樹は思わずため息をついた。 「当たり前だろ、バカ犬。……というか、そんなものを人に食らわせようとしてたのかよ」 「はいはい、俺がバカでしたよーだっ。大樹、取って?」 「ったく、目つぶってろ」  本当に世話の焼ける相手だが、こうしているのが好きなのは昔からの性分だ。 (コイツ、本当に俺のこと信頼しきってるんだな)  素直に目をつぶっている誠を見て、ふと思った。  いつからだろうか。彼がこんなふうに甘えて、自分の言うことを聞くようになったのは。  それが嬉しくてどうしようもない。込み上げる愛おしさに、唇をそっと重ねた。 「!」  ハッとして誠が目を開ける。そして次の瞬間には、再び顔をしかめて目元を押さえた。 「くううッ、目にゴミ入ったあぁ!」 「『目つぶってろ』って言っただろうが」 「お前がヘンなことするからだろー!?」  はたから見たら単なるバカップルだ。そう思いつつも、頬が緩んでしまうのを止められずにいた――瞼を閉じている誠は、気づきもしないだろうが。

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