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おまけSS ヒーローの横顔
「どうして、いつもそっち側歩いちゃうんですか?」
薄暗い住宅街を歩きながら、雅は玲央に問いかけた。
「そっち側って?」
「車道側ですよ」
ああ、と玲央が小さく漏らす。
「別に意識してなかったけど……そーいや、そうかもな」
「はい。本来なら、俺が歩くべきだと思います」
相手の目を見つめて口にした。車道側を歩くのが彼氏として当然の義務だろうと、ずっと気がかりだったのだ。
ところが、玲央はいまいちピンと来ないようで、眉をきゅっとひそめる。
「野郎同士なんだし、関係ねーだろ?」
「下品なことを言うようですが、夜は俺の方が」
と、そこで後頭部を叩かれた。
「またそうやって暴力で訴える……」
じんじんという痛みを感じながら呟くと、玲央が真っ赤になって啖呵を切ってきた。
「ああ? テメェがヘンなこと言ってくるからだろーがッ! この変態野郎!」
「とにかくそういうことですから、俺に車道側を歩かせてください」
玲央の言葉を無視して車道側に出るのだが、グイグイと腕を引っ張られる。
「ンなこと聞いて譲れるかっての! お前はこっち歩け、こっち!」
「いーやーでーすー」
「ガキか!」
あなたの前ならガキでも何でもいいですよ――言い返そうとしたとき、今度は力強く腕を引かれた。そして、雅のすぐ横を自転車が追い越していく。
「っぶねーな……スマホいじりながらかよ。しかも、反対車線走りやがって」
チッと玲央が舌打ちをする。横顔が凛々しく、雅は見惚れた。
(この角度、玲央さんが一番格好よく映る角度だ)
そのようなことを無意識的に考えてしまう。今ここにカメラがあったら、さぞいい画が撮れただろうとも。
「ンだよ。テメェもテメェで、ボサっとしてんじゃねーよ」
「あ、はい。すみません、玲央さんがあまりに格好よくて」
「あ?」
(玲央さんのこういったところズルいや。やっぱり、あなたは絶対的なヒーローですよ)
などと惚れなおしつつも、
「ですが、車道側は俺に歩かせてくださいね」
どうしてもそこだけは譲れず、雅は繰り返した。
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