110 / 142

おまけSS ヒーローの横顔

「どうして、いつもそっち側歩いちゃうんですか?」  薄暗い住宅街を歩きながら、雅は玲央に問いかけた。 「そっち側って?」 「車道側ですよ」  ああ、と玲央が小さく漏らす。 「別に意識してなかったけど……そーいや、そうかもな」 「はい。本来なら、俺が歩くべきだと思います」  相手の目を見つめて口にした。車道側を歩くのが彼氏として当然の義務だろうと、ずっと気がかりだったのだ。  ところが、玲央はいまいちピンと来ないようで、眉をきゅっとひそめる。 「野郎同士なんだし、関係ねーだろ?」 「下品なことを言うようですが、夜は俺の方が」  と、そこで後頭部を叩かれた。 「またそうやって暴力で訴える……」  じんじんという痛みを感じながら呟くと、玲央が真っ赤になって啖呵を切ってきた。 「ああ? テメェがヘンなこと言ってくるからだろーがッ! この変態野郎!」 「とにかくそういうことですから、俺に車道側を歩かせてください」  玲央の言葉を無視して車道側に出るのだが、グイグイと腕を引っ張られる。 「ンなこと聞いて譲れるかっての! お前はこっち歩け、こっち!」 「いーやーでーすー」 「ガキか!」  あなたの前ならガキでも何でもいいですよ――言い返そうとしたとき、今度は力強く腕を引かれた。そして、雅のすぐ横を自転車が追い越していく。 「っぶねーな……スマホいじりながらかよ。しかも、反対車線走りやがって」  チッと玲央が舌打ちをする。横顔が凛々しく、雅は見惚れた。 (この角度、玲央さんが一番格好よく映る角度だ)  そのようなことを無意識的に考えてしまう。今ここにカメラがあったら、さぞいい画が撮れただろうとも。 「ンだよ。テメェもテメェで、ボサっとしてんじゃねーよ」 「あ、はい。すみません、玲央さんがあまりに格好よくて」 「あ?」 (玲央さんのこういったところズルいや。やっぱり、あなたは絶対的なヒーローですよ)  などと惚れなおしつつも、 「ですが、車道側は俺に歩かせてくださいね」  どうしてもそこだけは譲れず、雅は繰り返した。

ともだちにシェアしよう!