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第1話:

「ああッ……イ…クッ…!」  非日常な光景なはずなのに、元から好奇心旺盛な大橋の胸は躍った。  ベッドにもたれ、床に座っている望月は大きく上背を仰け反らし、自らの尻の穴への刺激だけで、宙に精液を吐き上げた。飛び散った白い液は、望月の腹部に落下し、男にしては色白な肌色を汚す。しばらく、はぁはぁと息を荒げたまま、固定されているスマホのカメラを見つめている。  その間も、大橋はその光景をソファに座って間近で見ていた。他人の射精どころか、自分と同じ男性の自慰行為を見たのも初めてだった。アダルトビデオだって女優に目がいく。わざわざ男優を見ることはない。けれど、望月に限ってはそのへんのアダルト男優なんかに比べても体が綺麗で、見ている分には気持ち悪さを感じさせなかった。  やっと息が整ってきたのか、望月は自分の方に向けられていたスマホに手を伸ばす。おそらく撮影を止めたのだろう。 「どうだった?」 「どうって……」  さっきまで自慰行為に没頭していて、大橋の存在なんて見向きもしなかったのに、急に声をかけられ、我に返る。  望月はベッドの脇にあったティッシュを数枚抜き取ると、それで自分の汚れた腹部を拭いている。急に現実的な後処理の光景を見せられ、これはアダルトビデオでもなんでもなく、目の前で行われていた行為なのだと再認識する。 「僕ね、一年くらい前からサイトに動画を投稿してるんだ」  もちろんそんな説明は事前にない。「じゃあ、撮影始めるね」とひとこと大橋に声をかけたと思ったら、いきなり服を脱いで全裸になり、三脚で固定したスマホのカメラを起動したその前に座り、『こんばんは、ソウです。よろしくおねがいします』と淡々と挨拶をしたあとで、いきなり自慰行為を始めたのだから。 「つーか、おまえの言ってた動画ってコレ?」 「うん。動画に興味があるって話を会社の人にしたら、動画を投稿するサイトがあることを教えてもらって、なんだか楽しそうだなって思ったんだ。で、そのサイトのランキングで実際、一人でやってるところを動画にしてる人を見て、これなら僕でも撮影できるかなって」 「いやいや、ランキングに載る動画って言っても、いろいろあるだろ? よりによってなんで、オナニーなんだよ」  普通なら絶対に選ばなさそうな題材だと思うのだが。 *** 「僕、特に面白いこととか、何も浮かばなかったんだけど、オナニーなら毎日してるし」 「は? おまえ毎日してんの?」 「え、毎日するもんじゃないの?」 「あ、いや、それはまあいいけど……」  それは人の習慣なので、あまり触れない方がいいかなと気を遣ってみたが、望月はキョトンと目を丸くしている。  もとから望月とは、営業職の自分とは働いているフロアも違い、同期である以外に接点がなく、あまり話したことがなかった。職場では任された総務の仕事を淡々とこなす、どちらかといえば真面目で物静かな人間だと思っていたが、どうやら少し天然な一面があるようだ。 「しかし、まさかオナニーの動画とはな……」 「ダメだった?」  よほど驚いたのか、望月は畳んであった服に向かって伸ばした手をわざわざ止めて、聞き返してきた。こげ茶色のくりくりと丸い黒目をより一層丸くしている。 「いや、ダメっていうか……」  もっとそれ以前の問題なのだが、説明したら理解してもらえるだろうか。 「で、その眼鏡は顔バレしないようにってことだよな」 「うん、そう! 下手にマスクとかするほうがバレちゃうかなって思って!」 「全身の毛まで剃って?」 「うん……陰毛は映してはいけないってどこかのサイトで見たから。もともと体毛は薄いほうだったし」   だからって全部剃る発想には至らないと思うが、そこにも触れないでおく。  しかし全身毛のない、生まれたままの姿の望月は男にしては色白で肌が綺麗だった。本人は無自覚だろうけれど、観賞用の被写体としては良い体をしていると思う。 「でもなぁ、ちょっとなぁ」 「ちょっと、どうかした?」  望月は大橋に向かって首をかしげる。 「なぁ、他にも投稿した動画あるんだろ? 見せろよ」 「ええっ、ここで見るの? あとでアカウント教えるから家で見てよ」 「なんだよ、恥ずかしいのか? おまえ、いま、ここでヤッてただろうが」 「いや、なんか改めて知り合いに動画を見られてるって思うと恥ずかしいっていうか」  実際に見られるのは平気だけれど、動画として見られることに抵抗があるという望月の思考は理解できないが、今までの望月に抱いていたイメージとのギャップがだんだん面白く感じてくる。確か、同期といっても望月は専門学校卒だったはずなので、二歳年下の二十二歳だ。少し、子供っぽい発想な一面は若さゆえなのかもしれない。 *** 「で、編集の仕方教えてほしいって言ってたよな。それって局部消したりしたいわけ?」 「そう、だね」 「どのくらいのペースで投稿してる? これからも続けていくってことだよな。やっぱり視聴者増やしたいって感じ? それなら人気の動画とか参考にしたいから、それも教えろよ」 「ちょ、ちょっと待って」  昔、自分が動画を投稿していた頃を思い出し、思わず質問攻めにした自分を、望月が慌てて制した。 「なんだよ、善は急げだろ」 「その……とりあえず服を着させて」  いまだに全裸のままだった望月をみて、大橋は吹き出した。 「いつまで裸なんだよ。さっさと服を着ろ」 「大橋くんが、一気にまくしたてるから!」 「悪い、悪い。なんか楽しくなっちまって」  もう、と呆れ顔の望月が、やはり年相応の二十二歳の青年に見えた。

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