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第2話:

 大橋の勤めているオーディオ機器会社は、社員数が多く、同期入社は二十名ほどいる。二年経って、すでに辞めてしまっている人間もいるが、同期の中でもムードメーカーである大橋が声をかければ、こうして集まってくれるほどには仲がいい。  もとから望月は同期の集まりには必ず出席してくれるものの、周囲に合わせて相槌を打ち、時には顔を緩ませる程度で、ただ同期だからという理由で付き合ってくれているんだろうと思っていた。  そんな望月とちゃんと話をしたのは、先週の同期の飲み会の場が初めてで、動画撮影の話題も偶然出たものだった。もとから大橋は面倒見がよく、幹事役も誰もやらないなら自分がやる、と手を上げてしまうほうで、こうした輪の中心になることが多かった。物静かな望月と比べると正反対の立ち位置だと思う。  あの日、そろそろラストオーダーの時間を迎えそうな頃、座敷の個室の片隅で、席を移動することなく、氷のすっかり溶けた烏龍茶を一人でちびちび飲んでいる望月を見つけて、大橋から声をかけたのだ。 「望月、飲んでる?」 「大橋くん?」  突然話しかけられて驚いたのか、望月は目を丸くする。 *** 「あ、おまえ飲めないんだっけ。じゃ俺も烏龍茶くださーい」  それに加えて自分は、一人になっている人間は声をかけたくなってしまう、そんな性分でもある。隣に大橋が座ると、小柄な望月が大橋を見上げた。 「大橋くん、近くで見ると大きいね」 「ん? ああ、そうかも。そういうおまえは小さいな」 「そうかも。背も165センチしかないしね」  大橋は、高校のときバレー部にいたせいか、身長は180センチを超えていて、散々鍛えられたおかげでガタイもいい。けれど、生まれつきのタレ目がその体を柔らかく見せているようだ。それに比べて、望月は、体つきだけじゃなく、顔を形成するパーツがどれも小ぶりで、唯一、瞳だけは大きく、気持ちと連動するのかよく動く。 「もしかして、僕に気を使ってくれたんじゃない? 僕は一人でも大丈夫だよ」  望月にあっさりと気遣いを見破られ、肩透かしを食らう。だからといって、はいそうですか、と引き下がれない。 「いや、おまえとサシで話したことないなと思ってさ。あー、烏龍茶こっちでーす」  周囲を見渡していた若いバイトが、大きな声の大橋を見つけて、安堵した顔を浮かべて烏龍茶を手渡す。他のメンバーは個室の中で、それぞれ二グループくらいにわかれてかたまり、楽しそうに談笑していた。 「大橋くん、僕なんかよりみんなと話してるほうが楽しいんじゃない?」 「楽しいかどうかは、俺が決めるの。望月、趣味は? 休日は何してる?」 「何それ、お見合いみたい」  大橋は少しだけ目尻を下げた望月をみて、心の中でガッツポースをした。たとえ呆れ半分であっても、自分と話すことに興味を持ってもらえれば話しかけてよかったな、と思う。こういう風に人間関係が広がっていくことに喜びを感じる自分はつくづく営業職に向いているなと思う。 「そういえば、大橋くん、去年の同期会で大学生のとき動画の実況してたって言ってたよね」 「ああ、ゲーム実況ね。友達同士でやってたよ、モテたくて!」  ゲーム実況とは、テレビゲームなどを実際にプレイしている画面を動画サイトに投稿することで、大橋が大学生のころに動画を作って投稿することが流行り始めたのだ。素人でも動画の閲覧数が多ければスターになれる。特に容姿も関係なく、とにかく動画が、注目されれば、一躍有名人になれたのだ。あの頃の自分が作った動画は編集技術において、ネットの中で一目置かれていた。  オーディオ機器を扱う会社に就職したのも、その頃身につけた知識が営業の役に立つかもしれないと考えたからだったが、就職してから、動画に関してのプロと呼ばれる編集の人間を目の当たりにし、その技術力の高さに驚いた。しょせん自分の技術は素人に毛が生えた程度で、趣味の域を超えないものだったのだと今は思う。 ***  以前、自分が動画投稿をしていたという話題が出たときは、自分の技術について話したかったのではなく、モテたいがために、こんなことしたという自虐話のひとつとして、持ち前のサービス精神が、場を明るくさせようとネタを提供したようなものだった。もちろんそれだけでは済まされず、同じ営業仲間の小島が、持っていたスマホで大橋が過去に投稿した動画を晒すという顛末になったがその場は大いに盛り上がった。 「まぁ、閲覧数は思っていたより伸びなかったし、結局、就活が忙しくなって、動画どころか、ゲームもやらなくなったな」 「でも、小島くんは大橋くんの編集技術はすごかったって言ってたよ?」 「ははは。あの頃の俺、本当に必死だったからさ」  モテるために必死で動画編集の勉強をしたという事実は、今では立派な黒歴史、いわゆる若気の至りというものだ。 「今でも編集機材とかあるの?」 「いや、ああいうのって機材とかほとんどいらないんだ。フリーソフトとか、ちょこちょこっと揃えて。とにかく手間かければそれなりのもんできるし」 「あのさ! 僕、ずっと大橋くんに動画を教えてほしいと思ってたんだ」  望月が、ぐっと身を乗り出してきたことに大橋は驚く。そもそも望月が自分に興味を持っていてくれたことも驚きだ。 「そりゃ構わないけど、何、おまえそういうの興味あるの?」 「うん、実は自分で動画を撮影してるんだけど、いろいろアドバイスしてもらいたくて」 「へぇ、そうだったのか!」  いつもの大橋なら「こいつも動画撮影してるんだって」と大きな声で囃し立てて、周囲の注目をひきつけ、普段あまり中心になることのない望月を、表舞台に引っ張り出しただろう。けれど、あのおとなしい望月が、どんな動画を撮影しているのかも気になるし、何より今まで接点のなかった望月が、自分が動画編集していたことを覚えてくれて、いつか教えてほしいと思っていたことに、少なからず気分が良くなったのだと思う。  望月は会社の中でも総務の仕事をそつなくこなすと評判だったが、あまり社交性はなく、誰かと仲がよいという話も聞かない。そんな望月がどんな動画を扱っているのかに興味を持った。 「わかった。俺、週末暇してるから、いつでも」 「本当に? じゃ日曜日に撮影予定してるんだけど、うちに来る?」 「行く行く!」  軽い返事から、そのあと連絡先を交換し、約束どおりに望月の家に来たまではよかったが、まさか、望月のオナニー自撮り撮影に立ち会うことになるとは思わなかった。

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