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第3話:

「おまたせ」  パソコンの画面を凝視していた大橋は、後ろから声をかけられ、我に返って振り向くと、そこには風呂上がりの望月がTシャツにハーフパンツ姿で戻ってきていた。 「おう」 「で、僕の動画、どうだった?」 「うーん……」  望月がシャワーを浴びにいっている間に、大橋はパソコンを借りて、これまで望月が投稿した動画を見せてもらっていた。 「うーん、どれもそれほど変わりばえしないっていうか」 「ああ……」  すでに十本ほど投稿されている動画は、顔の表情と見せていいギリギリの角度で撮影された同じようなオナニー動画だった。  望月は大橋の隣にきて座り、同じようにパソコンの画面に顔を近づける。大橋の鼻先に甘ったるいボディシャンプーの香りが漂う。 「まぁ、男が好きな奴が見れば、十分ヌケる動画なんだと思うけど、継続して投稿していくなら、回を重ねるごとに変化をもたせたほうがいいんじゃないかな」 「十分ヌケる……」  流れている自分の動画を見つめている望月は小さく呟く。 「あ、ごめん。そういう目的じゃないなら、いいんだ。俺が動画やってたときは、閲覧数稼ぎたかったから、見てもらうことに重きを置いてて、だからおまえの動画って編集とかそういうことよりも、単純にコンテンツの見せ方次第っていうか、なんていうか」  望月は、ついに俯き、黙ってしまった。  自分はいろんな人に見てもらうために、動画について研究を重ねたこともあるせいか、プロデューサーのような目線で見てしまいがちだ。けれど、望月からは編集を教えてほしいと言われていただけなのに、こんなことを言うなんて余計なお世話だったかもしれないと思い直す。忠告にも似た感想なんて求めていないのではないだろうか。かえって傷つけてしまったのではないだろうか。 「大橋くんってさ」 「な、なに?」  急に顔をあげた望月に驚き、大橋は望月の言葉を待った。 「前から思っていたけど、本当に、根っからポジティブな人だよね」 「え? ああ、そうかな。つーか、それ、どっちの意味?」 「僕は褒めてるつもりだけど?」  望月が、ふにゃ、と顔を緩ませて笑う。初めて見る、無邪気な表情にドキッとする。 「僕も最初は、動画を作ることだけで満足してたんだけど、時々、"これからも楽しみにしてます"ってコメントをもらったりして、それに対してどう応えていけばいいのか、わからなくなってたんだよね」  ひとまず望月の返事が、自分の言葉で気分を害したわけではないことがわかり安堵する。 「じゃあ、おまえの目指すところは、どこなの?」 「え……」 *** 「どうせ体張って動画作るなら、このサイトで、何か目標とかあってもいいと思うんだけど」  大橋の言葉にあっけにとられている望月だったが、それなら……と小さくつぶやき始めた。 「この……僕をお気に入りにしてくれている人が増えたら嬉しいな」  望月は動画投稿サイトの画面の中にある、ステータス項目を指さした。ソウ、という名前の動画投稿者の横には数字で23と記載してある。 「ソウ、ってここでのおまえの名前?」 「うん、僕、みなとって名前なんだけど、湊って漢字使うから、そこから」 「なるほどな。で、今は二十三人がおまえをお気に入りにしてくれてるのか」  投稿するアカウントをお気に入りにする特典は、動画の更新通知が届いたり、限定の動画を閲覧することができたりする。そして何より、自分に動画を待ってくれている多くのファンがいるというのが自信につながるだろう。 「それなら、もっと見てもらえる動画に仕上げなくちゃな。次の動画はカメラを固定するんじゃなくて、俺がカメラ持って、動きながら撮影するってのは?」 「えっ」 「なんていうか、違う角度からも見たいって思うんだよな。少なくとも、おまえを性の対象として見るやつもいるだろうし」 「ちょ……ちょっと待って、僕、そんなつもりじゃなかったけど」  目の前の望月の顔がみるみる赤くなっていく。 「はぁ? おまえ何言ってんの。そもそもおまえが投稿してる動画のカテゴリーはアダルトなんだぞ。見るやつは、抜くための動画を探してるに決まってるだろ。二十三人は、きっとおまえの動画をオカズに抜いてんだよ」 「え、じゃあさっきの十分ヌケるって、もしかして……そういう意味?」  望月の表情からすると、どうやら言葉の意味を理解してなかったようだ。あまりの純情っぷりに、また望月のギャップに驚かされる。真面目ゆえなのだろうか、それにしても天然でなおかつ、こんな純真無垢な一面を持っているのだなんて思いもしない。 「おまえ、自分の動画をどんなやつが見てると思ってんの?」 「え、その……なんか、興味本位とか?」 「それだけで閲覧数は伸びないだろ。みんな、おまえのこと、いやらしい目で見てるんだって」  追い打ちをかけたせいか、望月はついに、自分の顔を両手で覆ってしまい、マジかぁと呟いている。全裸のアダムとイブが禁断の果実を食べて、自分たちが裸だと知り、恥ずかしくなる気分ってこんな感じなんだろうと思う。 「なぁ、今、撮影してみないか?」 「え、今?」 「そう、その恥ずかしい気持ちのままで」 「無理、絶対に無理!」  すでに望月は大橋と目を合わさなくなっている。ようやく自分をただの部屋にいるだけの同期ではなく、ギャラリーとして意識し始めたようだ。 *** 「これから俺はおまえを、視聴者が見たいであろう角度で撮影してみる。さっき出してから、時間経ってるし、あと一回位出せるだろ?」 「本気……?」  もじもじと恥ずかしそうな望月を見て、はぁとため息をつく。 「おまえな、もう俺に一回見せてんだろ、今さら何を恥ずかしがることあるんだ?」 「そりゃそうなんだけどさ……」 「あと、今までの動画の中で一番閲覧数が伸びてる動画は、おまえが終始カメラ目線だったやつだ。たぶん、それが一番エロいからだ。カメラじゃなくて誰かに見られてるって、意識してみろ」 「え、ってことは、世間では、いやらしい動画が多く見てもらえるってことなの?」  あまりにも無垢の度が過ぎて、言葉を失う。 「あのなぁ、ぶっちゃけ俺は男のオナニーなんかに興味はねぇけど、世の中にはそういう趣味のやつが一定数いるんだろ。そういうやつらに響くような、ヌケる動画を目指すのが、アダルトカテゴリーの中で注目されるってことだ」 「わかった……やってみる」  大橋の熱意に押されたのか、望月の表情が真剣になる。 「どうせ体張るんなら、目標達成、お気に入り百人突破をしっかり目指そうぜ」 「なんだか、大橋くん、プロデューサーみたいだね」 「おう、やるからには目標達成させるぜ」  やる気になった望月の肩をばんばんと叩いて、自分は立ち上がる。そして、カメラに映る範囲にあった邪魔になりそうなゴミ箱などの障害物を避け始める。望月もまた、服を脱ぎ始めた。 「なぁ、おまえ、さっき尻の穴使ってたけど、普通に扱いてもできるんだろ?」 「それは、できるけど」 「今度はさ、最初、下着履いたままで、下着の中で扱く感じから始めてみて」 「それは構わないけど、何か変わるもんなの?」 「日常の感じが見てみたい。それに今度は、俺が動いていやらしい角度を探す」  大橋は、ぐっと親指を立てて見せると、望月は、半信半疑の表情を浮かべながらクローゼットの引き出しを開けて、下着を物色し始めた。 「なぁ、アダルトビデオとかで見たことあるんだけど、布地が濡れて湿っていくの、いやらしいよな。おまえグレーの下着とか持ってない?」 「あるけど……これとか?」  望月がクローゼットの引き出しから、グレーでウエストの部分が黒いゴムになっているボクサーパンツを取り出して、大橋に見えるようにひらひらと振って見せた。 「それな、決まり」  再び服を脱いだ望月はグレーのパンツに着替え、さきほどと同じようにベッドに背を預けて、脇にあるクッションに座り、M字に足を広げた。大橋は三脚を最大限伸ばし、大橋が座った目線と同じ高さの位置にカメラを固定した。 「盛り上がってきたら、カメラ持って動くから」  そう告げると、望月は頷いた。

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