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第12話:

「大丈夫か?」 「う……」  大橋の声は聞こえていたようで、望月の目はじんわりと涙が溜まっている。イッちゃだめだと言われていたのに、イッてしまったせいなのだろうか。唇は噛み締めたまま、何も言葉を発せずにいる。  これは閲覧者が増えるよう、望月が最大限いやらしく映るように考えた動画のための演出だ。それは間違いなく成功したように思う。そうならないように二回も抜いてきた自分のそれはデニムの中でぱんぱんに膨れていて、すぐにでも取り出して扱きたいくらいだ。これはゲイではない自分の男の下半身にさえ、いやらしく映ったという証拠だ。  撮影は終わったのだから、お疲れ様と声をかければいい。そして会社の同期という現実の二人の関係に戻る。たったそれだけのはずなのに、今の自分は躊躇っていた。撮影の興奮の余韻はなかなか消えてくれない。気づけば、倒れている望月の体を起こして自分の胸に抱き寄せていた。 「大橋くん……?」  腕の中に収まった望月の瞳を見つめる。イッばかりで赤みが増した頬に、自分の唇で塞いでしまいたくなるだらしなく開いた口元。そして高鳴る自分の鼓動。 「……少し意地悪が過ぎたか? ごめんな」  腕の中で望月は小さく首を横に振った。 「なぁ、望月、さっきの質問の答え……誰に教わったの? 俺の知ってる人?」  ぴく、と望月の体は反応したが黙ったままだ。  できることなら違うと否定してほしい。でも望月は何も答えない。それはすでに答えだ。大橋が知っているというなら、間違いなく会社の人間で、交友関係の狭い望月の身近にいる人間といえば限られてくる  観念したのか、望月はようやく口を開いた。 「僕がまだ新入社員だったときに、いろんなことを上司に相談していたんだけど、たまたま雑談で、セックスの話になったとき、一人でも気持ちよくなれる方法、教えてあげるって言われて……。で、それが本当に気持ちよくって、それ以来、後ろを触らないとイケなくなっちゃったんだ」 「それって、上司の立場を利用したセクハラなんじゃないの?」  普通じゃ考えられるない。事と次第によっては、人事に被害を訴えてもいい案件だと思う。 「そんなんじゃないと思う……今でも優しくしてもらっているし」 「そういうこと、今まで何度もあったの?」  望月は首を横に振る。 「もしかして望月はそいつのこと好きだったりする?」 「違う、好きじゃない!」  ぎゅ、と大橋の腕を掴み、強く否定する。 「あのさ、俺も断れないタチだから、あんまり人のこと言えないけど、拒否しないってことは受け入れたと思われることもある。そういうつもりがないなら変に誤解させないほうがいい」 「うん……」  望月は力なく、答える。 「それは優しい上司なんかじゃない。立場上、断れないなら、パワハラでもある。望月が許してしまうことで調子に乗って、他の誰かに被害が及ぶかもしれない」 「そっか……そうだよね」  どうやら望月は事の大きさを理解してくれたらしい。確かに、向こうの意図はわからない。けれど、一度きりだったなら、まずは安心だ。望月にはもっと警戒心を持ってもらわないと。 「つーか、さっきのおまえ、マジでいやらしかったなぁ。最高」  すっかり重くなってしまった空気を消したくて、あえて明るく弾んだ声で褒め、望月の顔を見つめる。 「ほんと? よかったぁ」  その言葉に安堵したのか、望月は肩で息を吐いた。間違いなくそれは本当に思ったことだ。本当だからこそ、今でもデニムの中でまだ昂ぶっている自身が望月に触れないように腰を引いているし、このまま欲望に任せて押し倒してしまいたくなる衝動をなんとか抑え込んでいる。どんなに望月が妖艶だったとしても、自分は賢者でいなくてはいけない。まだ始まったばかりの二人の関係を終わらせたくないなら、耐えなくてはいけないのだ。  結局、そのあと望月がシャワーを浴びている間に、邪念を振り払い、昂ぶりをどうにか沈静化させ、持参してきたノートパソコンで動画の編集を始めた。その動画は予想通り、刺激の強いものだったが、できる限り客観的に編集者として動画を扱うように心がけた。

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