26 / 26

第25話:

 結局、そのあと望月お手製の朝食をごちそうになった大橋は、一旦家に帰り、着替えてから会社に向かった。そしていつもより早く会社に着いて、まだ鍵がかかった総務のフロアの前で人を待っていた。 「おはよう、早いな」  大橋に声をかけたのは、総務課の中で誰よりも早く出勤する課長の太田だった。 「おはようございます」 「君はきっと来ると思っていたよ」 「課長、話があります」 「いいだろう。聞こうじゃないか」  そのまま太田と一緒に喫煙室の隣の自販機スペースへ向かう。何か飲むか、と尋ねられたが、大橋は断った。太田は自分用に買った缶コーヒーを一気に飲み干し、いよいよ大橋に向き直った。 「さて、何から聞こうか?」 「考えてもわからなかったことがひとつだけあります。それは黒丸と課長の関係です」 「ああ、なるほど。確かにそれはわからないだろうね」 「単刀直入に言います。俺はソウの動画の編集に関わってました。そして、望月とは話し合って付き合うことになりました。望月の恋人になった今なら、聞く権利があると思うのですが、違いますか?」  大橋の言葉に太田は少し驚いた顔を見せたが、へぇ、とすぐに顔を緩ませた。 「それは早く、黒丸に知らせてやってくれ。彼は、君たちのことを応援していたからね」 「は?」 「黒丸は、私の実の弟だよ」 「弟?」  関係者だと思っていたが、まさか肉親だとは思わなかった。確かに、太田の弟なら礼儀正しくて当然だと思った。思えばあの記憶力、数年前の自分の動画の技術まで覚えていたというんだから兄弟揃って記憶力がタダモノではない。そういえばどことなく声も似ている気がする。 「ちなみに弟が、黒丸と名乗って何をやっているかは知っている。我が弟ながら、派手に遊んでいると思うよ。私の家で」 「一緒に住んでいるのですか」 「ああ。私がいろいろあって離婚してから、大学を中退してフラフラしていた彼を引き取って、今は、金銭面の面倒を見ている」 「なるほど……」  意外にも、いい兄ぶりに驚く。そういえば今まで自分は太田のことを口うるさい役職者という印象しかなく、プライベートの話なんて聞いたことがなかった。 「あの日、私が休日出勤から戻ったら、弟の部屋から望月の声がするから驚いたよ。事情を聞くとソウという男の恋愛相談の相手をしてたというじゃないか」 「れ、恋愛相談?」  その日はコラボ撮影をしていたのではなかったのか。 「そのソウが好きな相手は一緒に動画編集をしている仲間で、会社の同僚だというからピンときたね。ソウが望月くんなら、相手は、君か、と」 「あ、あー……」  一気にすべての点が線で繋がった。自分は太田の術中にハメられたのだと察した。  望月はコラボ撮影が失敗に終わり、黒丸に自分の好きな相手のこと、すなわち自分の話をしたのだろう。それをたまたま、帰ってきた黒丸の兄である太田が聞き、事情を把握する。そして煮え切らない望月をけしかけるために事情を知っていると脅した。予想通り動揺してアカウントを消した望月に、小島から太田とのことを聞かされた自分が詰め寄る。これはすべて太田が仕掛けたもので、それに自分も望月もまんまと乗せられたのだ。 「私がわざわざ、君とツーカーな小島が通り過ぎるタイミングを見計らって、望月にけしかけて、キューピット役を買って出てやったのだ、感謝しろ」 「頼んでませんけど……」  とはいえ、結果、太田の策略のおかげで望月とは気持ちを確かめあうことができたので感謝しなくてはいけないのかもしれない。  事情がわかった今、あと確かめたいのはひとつだけだ。 「あの、課長は望月のことは……」 「君がいらないなら、もらうが?」 「あげません」  きっぱりと言いきると、太田はくっくっく、と声を押し殺して笑った。 「その分だと、望月は君に私のことを話したんだね」 「聞きました」  大橋は太田を睨みつける。事と次第によっては、太田をセクハラで訴える覚悟だ。 「そんなに睨むな。望月があまりにも純粋無垢でかわいかったから、ちょっとからかっただけじゃないか」 「上司が部下にしていいことではありません」 「しかし、今でも望月は私に感謝しているぞ。教えてくれてありがとうございますってな」 「う……」  悔しいが、きらきらと目を輝かせながら太田にお礼を伝えている望月の顏がすぐに浮かんだ。清々しいほどに天然無邪気なのだから仕方がない。 「もとから望月は、私が親切心で教えてくれたものだと思っているし、下心があるなんて思ってもいないだろうな。あまりにも純粋無垢で、こっちが面を食らったほどだ」  話を聞けば聞くほど想像がつくし、むしろ太田が気の毒に思えてくる。 「まぁ、でも彼はずっと前から、同期の君のことが気になっていたようだから、私のことなんて、眼中になかっただろうよ。同期会のある日は、いつも朝から浮かれているしね」 「そうなんですか」  太田にまで、望月の気持ちは知られていたようだ。急に恥ずかしくなってくる。 「最近の望月くんは、君と関わるようになってから、以前と見違えるほど、明るくなったし、きっと彼を幸せにできるのは間違いなく君だ。だからこそ、こうして君たちがうまくいくように、協力したんじゃないか」 「それは、その、ありがとうございます」  確かに結果的には、太田のおかげで自分たちは恋人になれたのだ。 「その分だと知らないようだから、教えてあげよう。望月に動画投稿サイトを教えたのは私なんだ」 「え」  そういえば確かに望月は、動画に興味があるって話を会社の人にしたら、動画投稿サイトを教えてもらったと言っていた。 「そうすれば、編集をしていた君に教えてほしいって言うだろうし」  確かに、望月は自分が動画編集してたことを同期会で知った。その相談も太田にしていた、ということになる。しかし、その時点から太田が絡んでいたなんて、思いもしない。望月は最初から自分に動画編集を教えてもらうつもりで、動画投稿を始めたなんて、自惚れていいだろうか。 「さて、話は終わっていいか? そういえば君、先週出した交通費申請、間違っていたから出し直すように」 「う……あいかわらずネチネチと」 「何か、言ったかね」  太田は銀フレームの眼鏡をくい、と上げながら、ほくそ笑む。 「早かれ遅かれ、身を引くべきだったんだ。あんな動画を投稿しているような人間はダメになる」 「それ、自分の弟に言ってください」 「黒丸はいいんだ。ときどき、かわいい男の子を私に紹介してくれる」 「おい、グルかよ」 「それでは失礼する。もうアカウントも消したようだし、あとは二人で勝手にしろ」  ぶっきらぼうな言い方だけれど、意外にも太田の優しい一面を知った。口うるさいのはきっとこれからも変わらないだろうが、恋人の上司ということもあるので受け入れなければ。  何はともあれ、これで一件落着だ。  大橋は望月にメールをするためにスマホを取り出した。 『すべて謎は解けたよ』  それだけ送ると、すぐに返事が戻ってきた。 『どういうこと?』  今頃、目をぱちくりさせて驚いている望月の顔が想像できる。  その返事は今度、会ったときにしよう。自分たちを応援してくれた人がいたことをわかるように説明してやらなくてはいけない。  みんなに愛されたソウは動画の世界から消えたが、そのかわり自分が望月湊を愛していく。しっかりしてそうにみえて天然なところも、純真無垢な一面も、かわいらしい笑顔も、時々拗ねるところも、そして、あのいやらしい姿も、すべて自分だけのものだ。  もっと俺に見られて、もっと淫らになればいい。  どんな姿の君でも、俺は全部受け入れるから。                                完

ともだちにシェアしよう!