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第1話
「バスティアン、私と交際してもらえないだろうか?」
ある日僕は仕事中、いきなり告白を受けた。
僕は、驚くと同時に困惑した。
「えっと、僕、ベータなんですけど?」
実は僕、よくオメガに間違われる。
小柄だし、母さん似の女顔で、童顔。
だけど僕は間違いなくベータだ。
田舎の診療所とかではベータと誤認されるオメガもいるみたいだけど、最上級の医療を受けられるこの国立オメガ医療院で働き始めるときの検査で、ベータだっていうことが再確認されている。
現在ベータの医師助手用のグリーンの制服を身に付けているから、誰が見ても分かるはず。
だからここで働くようになってから、勘違いアルファ(ベータをオメガと誤認するうっかりアルファ)に告白されることは無くなっていた。
「もちろん知っている」
僕に交際を申し込んだ男性は、迷いもなく答えた。
ベータってことは、ちゃんとわかってたみたい。
「ジョシュアさん、アルファの方……ですよね?」
僕の目の前に立っている男性は、医療院で何度か治療したジョシュア・エルガーさん。
今僕が手にしているカルテにも、アルファのチェックがなされている。
「……そうだ」
「あの……ジョシュアさんには、オメガの;番(つがい)の方って……、いらっしゃらないんですか?」
「……いない」
「好きな方も、いらっしゃらないんですか?」
「バスティアン。
お前のことが好きなんだ。
だから交際を申し込んでいる。
………返事を聞かせてくれ」
ジョシュア様、分かってない。
アルファってことは、貴族とか上流階級の人間てこと。
平民の僕に、拒否権ないんですけど。
でも、わざわざ聞いてくれるってことは、断ってもいいよって意思表示なんだろう。
もしかしてこの人、アルファにしておくのもったいないくらいのいい人なのかも。
僕の知ってるアルファたちって傲慢な人たちが多い。
傲慢じゃなくても、頭が良すぎて人としてはいかがなものかって人もいるし。
ベータなんて空気にしか思ってないアルファも多いんだ。
だけど、ジョシュアさんはきちんとお話しできるアルファさん。
だったら、いいかもしれない。
「いいですよ」
僕はあっさりとそう答えた。
「ほ、ほんとうか?」
「はい」
ジョシュアさんはものすごく喜んでいた。
カルテを抱えたままの僕を、ぎゅーっと抱きしめる。
「ありがとう!
バスティアン!
必ず幸せにする!」
ジョシュアさんが僕のどこをそんなに気にいったかは分からないけど、今の様子を見ていると、結構僕に入れ込んでいるみたい。
見た目は若いけど実年齢29歳のベータに入れあげるなんて、ほんと可哀想な人。
こんなに喜んでくれるのにごめんなさい。
ジョシュアさん。
僕はあなたのこと、ぜんぜん好きじゃないけど……妹の為と思えば、我慢できる。
どのみち、ジョシュアさんが番を見つけるまでのわずかな時間のはずだから。
あ、もちろん、その分いろいろとご奉仕するよ?
僕はそれほどあくどい人間じゃない……たぶん。
「デートですか?」
「ああ。
植物園など、どうかと思うのだが」
ジョシュアさんは嬉しそうに頬を染めている。
「僕は構いませんけど……」
「じゃあ、次の休息日は、どうかな?」
「わかりました」
僕は職場に尋ねてきたジョシュアさんを笑顔で見送った。
「へえええ!
バスティアン、やるじゃない!」
僕にそう声をかけたのは、オメガの医師、メルシー先生だ。
オメガに生まれついた人の半分は、医療関係者になるというが、メルシー先生はその中でも優秀なお医者さんだ。
彼女曰く、オメガは自分の人体が不思議で仕方ない。そして身を守るためには医学的な知識が必要だから、医療従事者になるのは当然だ、ということだ。
それ以外にも理由はある。
オメガは、オメガにしか体を見せたがらない。
僕がグリーンの服を着ているのもそういう理由がある。
彼らのパーソナリティーを守るこのシステムを、僕は非常に気にいっている。
「ジョシュアさん、去年3日ほど怪我で入院していたそうなんです。
僕は担当してなかったんですけど、夜勤の時に見かけたとかで……」
「あら、向こうの一目ぼれ?
ほんと、憎らしいわね。
バスティアン。
私もまだ番からあぶれてるっていうのに」
「まあ、僕はベータですから。
飽きるまではお付き合いさせていただきますよ?」
「うわっ! :下種(げす)の発言!
可愛い顔してえげつないわよ?
それに、あんな純情そうな人、モテるからって、遊んじゃダメよ~!」
遊び……ではないけど、利用するってことは、そう思われても仕方ないかな?
でも番が見つかったら捨てられるんだから、どっちかというと向こうの方が遊びだと思うんだけど?
僕は夜の分のクスリの仕分けが終わったので「じゃあ、皆さんにお薬配ってきます」と、メルシー先生に声をかけた。
オメガ医療院には、約80人の入院患者がいる。
そのほとんどはオメガの患者だ。
発情期やオメガの妊娠や不妊治療に手厚い対応をするオメガに優しいこの医療院に、僕の双子の妹ビアンカが入院している。
僕の妹はオメガ。
だけど10年前初の発情期を迎えた時、ビアンカは行きずりの男性に襲われた。
そしてそれ以来、ビアンカの魂はどこかへ行ってしまった。
誰の声も届かなくなったビアンカは、ずっとこのオメガ医療院に入院していた。
両親を亡くし、僕のたった一人の家族。
ビアンカ。
僕がこの医療院に働いているのも、ビアンカの医療費が軽減されるからだ。
もちろん、何かあればすぐ駆けつけられるという点でも気にいっている。
しかし医師ではない僕の給料は、決して高くない。
さらに24時間の完全看護をしいているビアンカの医療費は、僕の給料のほとんどを占める。
だから、好きでもない人と付き合うくらい、抱かれるくらい、何ともない。
僕はそう思っていた。
「待たせた、かな?」
休息日の朝、僕たちは王宮植物園の前で待ち合わせていた。
ジョシュアさんは、先に来ていた僕に、心配そうに尋ねた。
「いいえ。
僕、初めてなのでちゃんと着けるか心配で、早めに出てきたんです」
「そうか。
待たせたのかと思って、心配した」
ジョシュアさんはそう言うと、僕の腰に手を回して引き寄せた。
「美味しい!」
僕たちは植物園を楽しんだ後、遅めの昼食を楽しんでいた。
ジョシュアさんは思った通り、かなりのお金持ちのようだ。
彼が入った店は、王都でも人気のレストランだった。
なにせ、メニューに金額が載っていない。
ベータの僕には敷居が高い店だけど、ジョシュアさんは慣れた様子で注文していた。
「バスティアン。
何を頼む?」
そう言われても、外国語ばっかりのメニュー表は僕にはさっぱりだ。
だから。
「ジョシュアさんと同じもので」
と答えた。
「ジョシュアと呼んでくれないか?
その……私たちはもう、恋人なのだから」
恥ずかしそうに、ジョシュアさんの長いまつげが揺れる。
彼は本当に美しい。
こんなに美しい人がフリーでいるなんて、彼の番は相当のんびりした性格だな。
見つける気があれば、ちゃんと見つかるのが番の宿命だから。
どちらにせよ、きっともうすぐ見つかるだろうと思われた。
それまで、どれくらい巻き上げられるかなぁなどと考えながら、僕は「じゃあ、これから、ジョシュアと呼ぶね」と答えた。
「あ……ありがとう!」
本当に嬉しそうだな……。
:騙(だま)しているのがちょっぴり恥ずかしいくらいだ。
そんなことを言っている間に、料理が運ばれてきた。
「お待たせしました」
大皿に盛られたたくさんの食べ物を前に、僕は失敗したことを知った。
忘れてた……アルファは例にもれず大喰らいだった。
食べきれるかな?
ちょっぴり不安になりながら、僕はフォークとナイフに手を伸ばした。
1ミリも動きたくないほど満腹。
1週間分くらい食べたかも……。
満腹を理由にわざともたもたしていると、その間にジョシュアさんがお金を払ってくれている。
しめしめ。
「あっ……すみません!
僕も支払います」
なんて殊勝なことを言って財布を取り出す動作をしている僕だが、財布の中身は空だ。
空っぽだ。
どっちみち僕に支払えるような金額じゃない。
ジョシュアが静止する動作をするのを見て、済まなそうに「あっ……すみません。今度は僕が……」なんて言い訳してみた。
ちょっとサービスして、上目遣いをしてジョシュアを見上げる。
メルシー先生からはあざと可愛いと言われるが、こんなんでお金になるなら、何度でもしてみせるけど。
ジョシュアは恥ずかしそうに顔を赤らめ、僕の肩に手を回した。
……ほんと、アルファの人って、手が出るのが早いね?
僕はうすーい方だけど、性欲強いっていうし。
今日一日で肩とか腰とか触られてる。
ベータとかオメガは、3回目のデートあたりからそういう感じなんだけど。
もちろん、彼のお財布のひもが緩むなら、腰なり肩なり、なんだって触ってくれ。
お尻に来たか……。
それはまだ予想してなかったかな?
「ジョシュア。
少し歩きませんか?
この辺りはあまり来たことが無いので」
僕たちは辻馬車には乗らず、商店街を歩きながら散策した。
「綺麗ですね?」
僕はまず、衣料品を売っている店で、下げてある色鮮やかなショールに興味がありそうに商品を指さした。
「欲しいのか」
「いえ、綺麗だなって見ただけです」
んーっと。
大銀貨3枚は普通に買ってくれそうだな……。
小金貨、2枚くらいはいけるかも?
でも、さっきの食事、大金貨2枚払ってたもんな……惜しげもなく。
それくらいは大丈夫かな?
僕は同じ行為を繰り返し……。
そして、ある店で僕は立ち止まった。
有名な宝飾店だ。
僕が見ているのは、純銀製のブレスレット。
まあ、本当に見てるのは、値段の方だけど。
大金貨、2枚。
質屋に売れば小金貨2個分引かれて、大金貨1枚と小金貨2枚くらいくらいにはなるだろう。
これにするか。
僕は本日の狙いを定めた。
まず僕はうっとりとため息をつく。
「………素敵……」
ここ、小さな声で言うのが、ポイント。
決して自分からは:強請(ねだ)ってはいけない。
「こちら、1点ものですよ?」
お店のお姉さんが愛想よく答えた。
1点物は嫌だな。
足が着きやすい。
僕は眉をひそめて、別の店を当たることにした。
「あっ……いえ。
見ていただけです。
ごめんなさい」
僕はそれだけ言うと、すぐに歩き出そうとした。
この先に、もう一軒宝飾店がある。
そっちに……。
「……それを包んでくれ」
「えっ! そんな!」
僕は慌てた。
僕はもっとごまかしやすいものが良いんだ!
そう思ったけど、さっさとジョシュアはお金を払ってしまった。
「僕、そんなつもりじゃ……」
僕の声は、震えていた。
迫真の演技だった。
それはそうだろう。
1点物はごまかしにくい。
実際僕は困り果てて、泣きそうになった。
ちょろい!
ちょろすぎ!
なんであれだけで買うんだよ!
ったく、今度から下見が必要だな?
ジョシュアは金貨を払うと、その場で僕の手首にブレスレットを填めた。
「細いな……」
ジョシュアはシャツの中に隠れた僕の腕に指を這わせながら囁いた。
まあ、アルファに比べたら、誰だって細いけど。
「今日は何を持ってきた?
ほお、こいつは。
細かい細工のブレスレットだな。
……今度はだいぶ金持ちだな?」
「まあね。
アルファだから」
「そいつはいいの捕まえたな」
「アルファは初めてだから、ちょっと面食らったけど。
けっこうチョロイよ?
これもさオルギンの1点ものなんだけど、即決。
ヤバイっしょ?
あ、貢がせたいから、これ、しばらく売らないでよ?
必要な時には借りに来るからさ」
「おう! 分かった!」
僕は質札を受け取って、店を出た。
次の休息日は、美術館……。
あの周辺の店、ちょっと物色しとくか……。
僕はそう思って、次のデートの周辺のリサーチに出かけた。
うん。
来週は、希少本にしよう!
僕は美術館周辺の店の調査を終え、病院へと向かっていた。
毎回宝飾品って訳にはいかないし、身に付けないと困る物は次回は避けよう。
それでなくてもブレスレットがないんだから、慎重にしないと。
「バスティアン、今日は遅かったな」
入口のところで、守衛さんに声をかけられた。
「ハハ……デートだったんです」
僕は軽く返す。
「なかなかやるなあ、バスティアン!」
守衛さんに手を上げて別れ、僕はビアンカの部屋に赴いた。
「ごめんなー。
ビアンカ!
遅くなっちゃって!!
今日はさ、結構稼いだから!!
安心して?」
僕はヘアブラシをサイドテーブルから取り出し、ビアンカの髪を梳き始めた。
これは僕の日課。
僕は毎日、ビアンカの髪を梳く。
ビアンカは、流れるような金髪が自慢だった。
入院したからって、乱れたままでいたくないはず。
「ビアンカ。
今日はさー、デートだったよ。
信じられる?
男だよ?
相手!!
ジョシュア・エルガーって人。
貴族だよ! 貴族!
びっくりだよね?」
僕は今日の出来事を、ビアンカに話して聞かせた0。
「まあ、お金持ちだし?
しばらくは頑張ってみるよ???
うん……そうかもね?
僕と、ビアンカそっくりだから。
あは♪
僕とビアンカを、間違えたっていうの?
おもしろいね、それ?
じゃあ、試しに今度、ビアンカの匂い付けてデートに行ってみるよ?
……分かった! 分かった!
そんなこと、しないよ?
イジワル言ってごめん。
冗談だから!!」
「バスティアン!」
いきなり入ってきたメルシー先生に、僕は驚いてヘアブラシを落とした。
「やだなあ、メルシー先生。
びっくりするじゃないですか!」
「ごめん。
声が聞こえてたから。
ビアンカと、会話してたの?」
「やだなあ先生。
ビアンカはまだ話せませんよ?
傷が:癒(い)えてないんだから。
だから僕の独り言です」
「……そうだったの。
分かったわ。
そういえば、今日デートだったんでしょ」
「どうして先生が……。
あ、守衛さんですね?」
「どうだったの?
その人」
「いい人でしたよ?
何といっても、お金持ちだし。
次の休息日は、美術館に行く予定なんですよ」
「はは……相変わらずお金好きだね。
バスティアン。
そのまま甘えて、玉の輿に乗っちゃえば?」
「またまた!
運命の番が現れたら、僕なんてすぐポイ捨てですよ?」
僕は、にっこりとメルシー先生に笑いかけた。
「先生がもしジョシュアさんの番だったら、もう少しの間お目こぼしくださいね。
ちゃんとおリボン付けて回しますんで」
「あんたって相変わらず、可愛くない!」
メルシー先生、ヒドイ暴言!
これでも医療院では一番人気のベータなんだから!!
もっとも3人しか働いてないけど。
次の休息日になって、ジョシュアさんと王宮に隣接している美術館に訪れた。
恥ずかしながら、僕が美術館に来るのはこれが初めてだ。
美術品はあるけど売ってないし、だいたいが一点ものだから転売しにくい。
これまで美術館はもちろん、画廊にも足を踏み入れなかったのはそういう訳だ。
正直な話、ジョシュアさんに誘われなければ、一生来なかったかもしれない。
僕たちは話をしながら、絵画や彫刻などを鑑賞した。
ジョシュアさんは絵画に、特に印象派の画家に詳しかった。
いろいろと解説をしてくれるので分かりやすいし、画家の裏話を話してくれて勉強になった。
そんな僕は、ある画家の絵の前で足を止めた。
冬の風景を描いただけの絵だったけど、なんだか引き寄せられるように見てしまう。
僕は見ているうちに、思い出した。
この絵は、似ていたのだ。
昔、家族そろって旅行に出かけた、その場所に。
それは僕にとっては甘くもあり苦くもある思いでだった。
幸せだったという記憶は、意外なほど僕を苦しめる。
もう二度と手に入らないものだから。
「………悲しい絵」
僕がつぶやくと、ジョシュアさんは驚いた様に目を細めた。
僕は気を取り直して静かにジョシュアさんに微笑みかけた。
ジョシュアさんは心配するように僕を見ていたからだ。
僕はもしかしたら、悲しい顔をしていたのかな?
そんなことを考えながら、僕は次の展示品へと足を向けた。
それにしても、僕は知らなかったけど、美術館は恋人たちであふれかえっている。
一見して、アルファ×オメガのカップルだらけだ。
それはまあ僕が病院勤務で、オメガの人たちを良く見知っているから分かることかもしれないけど。
つくづく僕とジョシュアさんのカップルが異質なのかを感じた。
「そういえば最近、番を否定する主義の人たちもいるそうですね?」
僕はデート中の恋人たちを見ながら、ふと、最近同僚から聞いた話を持ち出した。
新聞にも載っていたらしいんだけど、番同士って肉体的な衝動が凄いから、精神的なつながりを求める考えの人たちが出て来て、それも結構な数にのぼるらしい。
その話を聞いたとき、僕はジョシュアさんのことを思い浮かべた。
だって、そういう主義の人なら、僕を恋人にしたがった行為に理由が付くんだけど。
「……そうらしいな」
ジョシュアさんは苦笑いしながら、そう言った。
らしいって言葉を使ったってことは、違うのかな??
僕は謎を抱えたまま、美術館を後にした。
それから僕は、行きたい店があるから、と、ジョシュアさんを本屋さんに誘った。
結果から言うと、僕はジョシュアさんから希少本を買ってもらうことに成功した。
なんと、大金貨4枚もする希少本だ。
僕が希少本を両手に抱えながら感動に打ち震えていると、ジョシュアさんの手が伸びて来て、僕を抱きすくめた。
「バスティアン。
……可愛い!」
あ、とも思う暇もなく。
僕の唇は、ジョシュアさんに塞がれていた。
彼の唇によって。
こんな、公衆の面前で……と思ったのだが、まあ、大金貨4枚も奮発してくれた後だけに、拒み辛い。
僕はジョシュアさんのキスに応じながら、……次の休息日には、何をねだろうかな? なんてことを考えていた。
そんな邪なことを考えていたせいだろうか。
僕はジョシュアさんの腕の中ですっかり場所を忘れてキスに夢中になっていた。
考え事をしているとすぐ意識が飛んでしまうのが僕の悪い癖だ。
お陰で僕もジョシュアさんもすっかり息が上がっている。
周囲から生ぬるい視線を浴びていたので、僕らは大人しく退散した。
次の休息日はどこに連れて行ってもらえるのかな? と期待していたら、まさかの自宅に招待された。
何でも、両親に紹介したいそうだ。
ジョシュアさんって、ほんとにいい人だなあって、改めて感じた。
所詮、番が見つかるまでのつなぎ恋人ってわりに、僕は大事にされている。
困ったことがあった。
ブレスレットは?
って聞かれてしまったことだ。
僕はドキリとして、微笑んだ。
「高価なものなので、失くすのが怖くて……。
次に会う時は、つけて来ますね」
僕たちは別れ、そして僕はその日のうちに行きつけの質屋へと足を運んだ。
「おう!
また貢がれたのか!
スゲーな。
……まあ、こっちも用があったから、ちょうどよかった」
「今回は、これだけど?」
僕は希少本を差し出した。
「またえっらいもん、持ってきたな」
「まあね。
それより、次の安息日にはブレスレット借りなきゃなんない。
今日付けてこなかったから不審がられちゃって……」
「バスティアン。
用があったってのは、そのことだ。
詫びても仕方ねーんだが。
あのブレスレット、うちのが間違って売っちまったんだ」
「はあ?
何だよそれ!
僕言ったよね? 売るなって!!」
「そうなんだが……。
俺が留守しちまってた時に店に来た客が、机に置いてあったブレスレット見て、すごく欲しがったようなんだ。
で、うちのやつ、台帳にお前の名前があったから、いつもみたいに売って大丈夫だと勘違いしちまって……」
最悪だ……!!!
だから、1点物は嫌なんだ。
僕は次の安息日のことを考えて、頭を抱えた。
「買い戻そうにも、初見の客で、誰かもわからねーし。
でさ、今更どうしようもないんだが、よく似てる奴を見つけたんで、とりあえず、それでごまかせねーかと思ってな」
すまなそうに、店主は銀のブレスレットを取り出した。
よく見ると模造品だとばれるけど、それはあくまでよく見ると、というレベルで、クオリティ自体はまずくない。
レンタル料はいらないと言われたので、僕は取りあえずそれで我慢することにした。
もちろん僕は、同じ客が来たら絶対買い戻せよな? というのを、忘れなかった。
まだまだ貢いでもらえそうなジョシュアさんという恋人をブレスレットごときで失うのは嫌だから。
次の休息日、僕は王都の中央に位置するロンソ広場でジョシュアさんを待っていた。
右手には、模造品のブレスレットが煌めいている。
長めの袖で、見えにくくしていたが、やはり少し心配だ。
しかしジョシュアさんが現れ、僕がブレスレットをつけているのを確認すると、「着けて来てくれたんだな」と、嬉しそうに微笑んだ。
どうやらごまかせたらしい。
それから僕はジョシュアさんの乗ってきた馬車に同乗し、彼が両親と住む豪邸へと到着した。
貴族だとは知っていたけど予想以上に大きなタウンハウスに、僕は目を見開いた。
メルシー先生の弟の服を借りておいて良かった。
自前の粗末な服なら、門をくぐれなかったに違いない。
タウンハウスでこれだけの大きさなら、領地にある住まいはお城かも。
そして僕は意外にも、ジョシュアさんの両親からおどろくほど好意的に迎えられた。
もしかしたら、僕がかりそめの恋人だと知っているからなのかな?
それか、僕をオメガと勘違いしているのかもしれない。
ジョシュアさんと両親の会話に注意を払っていたけど、僕にはどちらなのかは分からなかった。
そして和やかな雰囲気で夕食の終わりが近づいてきたとき、彼の母親が僕に「今日は泊まっていきなさい」と告げた。
確かに思いのほか話が弾んで、思った以上に夜が更けている。
帰るとしても、馬車で送ってもらわなくてはならないだろう。
僕は少し迷ったけど、ご好意に甘えることにして、頷いた。
もしかしたら泊まるように言われるかもと思って、朝のうちにビアンカに会っておいてよかった。
ビアンカは寂しがり屋だから、一日だって離れていられないもの。
それからしばらくお酒などを飲みながら四人で話していたけど、さすがに深夜に近い時刻になったときに、僕はジョシュアさんに促されて席を立った。
「ここが客間だから」
ジョシュアさんが案内した部屋は、今まで僕が見たどの部屋よりも豪華だった。
誰もいなければ、口笛を吹いたところだ。
「気にいったかい?」
ジョシュアさんは優しく僕に尋ねた。
「……もちろん!
すごく素晴らしいね?」
僕はジョシュアさんに寄り添って、感謝の意味をこめて唇を重ねた。
ジョシュアさんは驚いていたけど、すぐに僕の体を引き寄せて深い口づけを返した。
そのまま、僕たちはベットのすぐ横まで並んでやってきた。
「……バスティアン……その……いいのか?
抱いても?」
ジョシュアさんがキスの合間に確認するように僕に尋ねた。
「え?
家に誘われた時から、てっきりその:心算(つもり)なのかと思ってたけど。
ジョシュアさんは違ってた?」
僕の質問は正解だったらしい。
なぜなら僕はそのままベットに押し倒された。
そして……初めて見るアルファのペニスは、尋常じゃない大きさだった。
ジョシュアさんの暴力的な大きさのペニスが下履きの中から姿を現した時、僕は思わず息を飲んだ。
勃起していることもあるけど、とても人の体のどんな部位にだって収まりきれるとは思えない大きさだった。
子供の腕ほどもあるその場所を、僕がちゃんと受け入れられるのか、正直自信はない。
だからジョシュアさんに「アルファの男は初めてか?」と聞かれ、僕は正直に頷いた。
それからしばらく時間をかけてほぐされた僕の後孔は、なんとかジョシュアさんを飲み込んだ。
体の奥が張り裂けそう……実際張り裂けていたかもしれないけど……何とか僕はやり遂げた。
翌日、昼過ぎまで起きれなかったけど。
それも仕方ない。
ジョシュアさんの欲望はとてもいいお金になるから。
ともだちにシェアしよう!