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第3話

 ジョシュアさんが初めて僕を抱いてくれた日……。  僕は幸せな気分で朝を迎えた。  病院で力尽きてメルシー先生に怒られはしたけど、幸せなのには変わりはない。 「強姦されたの?  あの男に?」  病院の診察室で、僕の体を調べたメルシー先生の顔は怒りで歪んでいた。 「まさか!  ジョシュアさんの家から歩いてきたから、それで……」 「バスティアン。  ひどい裂傷なのよ?  こんな状態であなたを帰すなんて!」 「メルシー先生……。  僕、嬉しかったから……。  まあ、ブレスレットのことがばれたのが残念ですけどね?」  僕は我慢していたけど、涙が溢れてしまった。  メルシー先生は、そんな僕を見て言葉を失っていた。  どうして打ち明けられるだろう。  家賃も払えず、困窮しているなどと。  食事にも事欠いている有り様だと、そんなことを言えるはずがない。  僕と付き合う人たちは、何故か僕を着飾ろうとする。  清潔だけどみすぼらしい恰好をしているからだろうか。  誰も僕が飢えているなんて知りはしない。  僕の給金は月に小金貨3枚ほどしかないのだ。  学のないベータの給金などそんなものだから、妥当だろう。  ビアンカの入院費と家賃で、すでに赤字だった。  僕は慢性的に入院費と家賃を滞納していて、それはどんなに食費を削っても賄えない。  以前困窮して、付き合っている人からの贈り物を、質屋に入れたことがあった。  他に入れられるものが、僕にはなかったから。    お金がなくて質受け出来なくなって初めて、その恋人に話すと、「俺は騙された」となじられ、そして僕がどうしても体の関係を受け入れることが出来なかったことを、なじられた。  そんなことが何度かあって、僕はいつしか世間で詐欺師の様に噂されるようになった。  貢ぐだけ貢がせて、最後は捨てる。  ……僕から別れたことなどないのにね?  メルシー先生はそんな僕をいつも心配してくれた。  彼らは怒りに任せて殴ったり、蹴ったりしたし、無理矢理関係を持とうとした人もいた。  僕は、そんな時拒絶反応がひどくて、大抵の場合痙攣して気を失った。  皆、僕が倒れて痙攣しだすとその気を失うらしい。  そういうわけで、僕は誰とも寝たことが無かったのだ。  僕の方がしたいと望んだときでさえ、無理だった。   そんな僕が、ジョシュアさんのことを受け入れることが出来たのだ。  それがどんな苦痛を伴う行為であったとしても、僕は嬉しかった。  たった一夜の出来事でもよかったのだ。  だけど翌朝職場に訪れたジョシュアさんは、何事もなかったように僕との関係を続けようとした。  夢だろうか?  もちろん、何か理由があるのだろう。  気まぐれでもいいのだ。  僕は同棲の誘いに、迷いもなく頷いた。    メルシー先生は、同棲に最後まで反対した。  ジョシュアさんとの行為は、拷問のような傷とダメージを僕に刻んでいたからだ。  日々やつれていく僕を心配し、ジョシュアさんの職場に乗り込もうとしたこともある。  僕はメルシー先生を止めた。  ジョシュアさんが、わざとしているわけではないことを、僕は知っていたからだ。  ジョシュアさんは、同性のベータとの経験がない。  だから彼は僕を、オメガの様に抱いていただけだ。  体のつくりが違うオメガとベータでは、受けるダメージも違う。  少なくともオメガ医療院に勤める僕には、少しばかり知識はあった。  裂傷がひどかった僕は、行為の前に自分で準備するようになった。  僕の苦痛は少しずつ減っていった。    しかし肉体的な苦痛が減るのとは逆に、僕には精神的な苦痛が増えていった。  ある日の晩、仕事が終わって二人の住む部屋に帰宅したら、ジョシュアさんが誰かと話していた。  女性の声だったことに、僕は少なからず動揺した。  そして、ジョシュアさんの言葉を耳にして、僕は何故ジョシュアさんが僕と付き合い始めたのかを知った。 「何もかも誤解だ。  君とよりを戻すためにしていたことだ。  信じられないなら、ディーンに確認してくれ」  そういうことだったのか。  僕はあまりに納得できる理由に、ただうなだれた。  ジョシュアさんのような人が、本当に僕のことを好きになるなんてこと、あり得るはずはない。  彼は侯爵家の跡取り息子なのだから。  それからディーンの名を聞いて、……たぶん少し前に僕が付き合っていた人だと思うが、彼の恨みの強さを感じた。  別れるときにさんざん僕のことを殴ったけど、まだ気が済んでいなかったのか……。 「俺がアルファじゃないから許さないのか?  お前だってベータじゃないか!」  ディーンに投げつけられた言葉が突き刺さる。  彼は、僕をオメガだと信じていた。  否定したのに。  嘘だと思ってたんだ。  騙されたと言われたときはショックだったな。  僕はそんなことをぼんやり考えながら、静かに部屋を出た。  僕がオメガだったらよかったのか?  でもオメガだって、ビアンカみたいに不幸になる人もいる。  オメガ医療院に入院する人の5人に1人はレイプ被害者だ。  結局この世界はアルファのためにあるんだろう。  ジョシュアさんのようなアルファのために。  その日、僕が遅くに帰宅すると、僕はジョシュアさんに殴られた。  ジョシュアさんに殴られたのはショックだったけど、僕はそれでも、ジョシュアさんと別れることが出来なかった。  ジョシュアさんは毎日のように贈り物を買ってくるようになり、時折、僕を抱きながら、他の男が出来たのではないかと執拗に攻めるようになった。  僕たちはそんな風に表面上だけ平穏に、同棲して1か月目のその日を迎えた。  メルシー先生がビアンカが急変したことを知らせてくれた時、僕は愕然とした。  僕はもう何日もビアンカに会っていなかったのだ。  僕は自分のしでかした行為に頭を抱えた。  大事なビアンカを一人にするなんて。  今までの僕なら、考えられない事。  ビアンカは僕を責めるように、翌日には息を引き取った。  愚かな兄を置いて、ビアンカは逝ってしまった。  ……僕が放置してたせいだ。  恋にうつつを抜かしていたから。  ビアンカ、済まない!!!  僕は自分が自分で許せなかった。  一睡もできないままに決行されたビアンカの葬式のさなか、僕は再び倒れた。  同棲していた1か月で、僕は心も体もボロボロになっていた。  それなのに……僕は卑しい。  妹を失ったというのに、僕はそれでもジョシュアさんに会いたかった。  慰めてもらいたかった。  だけど手紙を送っても、ジョシュアさんは会には来てくれなかった。  僕たちに別れが迫っていることを、改めて感じた。  メルシー先生は、気落ちした僕を諭すように言った。 「バスティアン、もう分かっているでしょう?  ……別れなさい!  あなたがこんなに苦しんでいるのに、気が付かない、会いにも来ない男とは」  僕はコクリと頷いた。  それは決して、ジョシュアさんのことを嫌いになったからでも、会いに来ないからでもない。  できることなら今すぐ二人の部屋に舞い戻って、何事もなかったように暮らしたかった。  だけど、そんなことはもう無理だった。 「メルシー先生。  僕……は、ジョシュアんさんのことなんて、好きじゃありません。  だって……。  だって、僕の好きな人たちは、みんな僕を置いていく。  いなくなってしまう……。  だから……!!!」 「バスティアン!!」  メルシー先生は、馬鹿な僕をぎゅっと抱きしめて、そして一緒に泣いてくれた。  どんなに想っても振り向いてくれるはずもない人を好きなった愚かな僕と、ともに泣いてくれるなんて、先生は世界一の先生だ。  幸い、僕が質に入れていたすべては、僕を囲う人からの支度金で、すべて受けだすことが出来た。  あの後売りに出されていたブレスレットも、滞納していた医療費までも払えた僕は、ジョシュアさんのいない時間を見計らって、二人で住んでいた部屋に向かった。  しばらくジョシュアさんが不在だったことが分かるほど、部屋の空気がよどんでいた。  僕はジョシュアさんと過ごしたわずかな時間を名残惜しみながら、しんみりと部屋で過ごした。  ジョシュアさんからの贈り物の全ては部屋に残した。  僕のような人間が持っていてはいけないものだと感じたから。  僕が持ち出したのはビアンカや両親の思い出の品だけで、帰る前にテーブルの上に手紙を置いた。 「ここに残してあるものは、好きなように処分してください」  結局、ジョシュアさんから別れを告げられることなく、僕の方から離れた。  僕は意気地がない。  彼から別れを言い出されるのが怖くて逃げるのだから。  それからあっという間に5年が過ぎた。  僕を囲っていた「旦那様」は、昨年流行り病であっけなく死んだ。  「旦那様」は生前僕を「ママン」と呼び、僕に甘えた。  彼が小さい時に亡くなった母親と、僕はよく似ていたそうで、僕にはいつも女装を望んだ。  僕は「ママン」として、精一杯彼に尽くした。  「旦那様」が亡くなって、女装をやめると、村の人々は僕が男だと知って仰天していた。  住んでいた小さい屋敷を、「旦那様」は僕に残してくれたからすくなくとも住む場所には困らない。  小さい畑で野菜を育て、|鄙(ひな)びた土地でのんびりと過ごしている。  王都での生活はなにもかもが夢の中の出来事のように、遠くなった。  あれほど深く人を愛することは、もう二度とないだろう。  陽が落ちてきて、洗濯物を取り込んだ。  今日の夕食は何にしようか。  つつましい生活だが、僕には性に合っている。   夕食に使う野菜を刻んでいると、入り口が小さくノックされた。  お隣のロウルさんだろうか?  ロウルさんは腰の曲がったおじいちゃんだけど凄腕の狩人で、森でウサギが取れた時は持ってきてくれる。僕は自作の野菜を代わりに差し出している。 「はーい。  どなたですか?」  僕の呼びかけに、「------だ」と、声がする。  驚いた僕がドアを開くと、そこに立っていたのは………………………………。 

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