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第1話

「岡田君、各センター毎の作業効率を時間単位でデータにして出しといて」 「いつまでに提出すれは宜しいでしょうか?」 「午後の会議で使うから、昼までにメールしといて、チェックするから」 「はい。了解しました」 「頼んだぞ」  肩をポンと軽く叩いた部長がどこかせわしない様子で自分の席へと戻っていく。  なんでも午後は社長の前でプレゼンをする予定らしく、お陰で圭太もこの一週間残業続きの毎日だった。 ――社長……か。  苦い思い出が頭を()ぎり、圭太は唇を噛みしめる。 この会社の社長だから、遠目で何度も見た事はあるが、その都度(つど)圭太は物陰に隠れ恐怖に身体を震わせた。  グループ企業の御曹司である彼は常に忙しく、圭太のような一社員が関わる事などまず無いが、もし仮にそんな場面があっても自分の名前も戸籍も顔も、以前とは違う物だから……見破られる可能性などありはしない。 灯台、下暗し。 この提案をしてきた人物に言われた言葉。  圧倒的な権力を持つ彼に見つけ出されないためには、ただ闇雲に逃げ続けるよりこうした方が良いと言われて迷いはあったが従った。  自分に非など全く無いのに、何故ここまでの事をしなければならないのかと思いもしたが、当時はそれより彼から逃げ出す事の方が大切だった。 ――あれから、三年。  新しい自分の顔にも、名前や経歴にも慣れた。  過去の苦い記憶も薄れ、平日には仕事をして休みの日には好きな映画や本に(ふけ)る。そんな、夢だった普通の暮らしを送ることが出来ている。 ――大丈夫、バレやしない。  親友だった頃を思えは切ないような気持ちにもなるが、それはただの感傷であり、当時受けた仕打ちを思えば、正直二度と同じ空気を吸いたくないし見たくもない。  入社する時に出世などはさせないようにと取り計らって貰っているから、これからも顔を合わせる機会は無いに等しいと思われたが、時間も大分経過しているから、もう少ししたら転職して、一切の糸を断ち切ろうと圭太は密かに計画していた。 だけど、運命という名の悪魔は、そんなささやかな圭太の願いをいとも容易く踏みにじる。  容赦なく、残酷に―― 【desert】

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