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第2話

「んっ……ぐぅっ!」 「こんな所にいたんだ……圭太」 「社長! 何を……彼は圭太という名前ではありませんっ」  社長へのプレゼンが開始されてから数十分後……会議室の前まで足りない書類を持って来るように言われ、廊下に出ていた部長へとそれを手渡した時、 「ご苦労様」 と告げられたから、ドアを開いた彼の背中に、 「失礼します」 と、頭を下げてそこから立ち去ろうとした。   それで、済む筈だった。 だけど、思いもしない出来事が……次の瞬間圭太を襲った。 「社長っ、止めてください!」 「彼は圭太だよ。そうだろ?」 「ちがっ……あぅぅっ!」   内側から勢いよく開かれたドアの向こうから、彼が飛び出して来たのを見て、圭太は瞳を見開いた。 そしてそのまま圭太の腹を突然拳で殴り付け、倒れた身体に馬乗りになって頬を叩き始めた彼に、一瞬唖然としていた部長が慌てたように声を掛けるが、彼は全く取り合う様子も見せずに圭太の顎を掴む。 「あれ? なんか顔が違うみたいだ」 「そ、そうですよ、社長。彼は岡田孝文という、私の部下です」  温厚な性格だと評判の彼の凶行に……呑まれてしまった部長の声は少し上ずってしまっているが、それでも圭太のことを(かば)って助け出そうとしてくれた。  社内で、それも社長自らが暴力沙汰を起こすなんて、あってはならない事だろうし、外部に漏れたら大変だろう。 「社長、一体、どうされたのですか?」 「やっぱり近くに居たんだ。圭太」 「違います。私は……」  至近距離で、自分だけにしか聞こえないように言われた言葉に、痛みに顔を歪めた圭太が何とか反論しようとすると、美麗な顔に笑みを湛えた彼が自分の上から退いた。 「部長、驚かせて済まなかった。プレゼンは後日改めて行う。彼……岡田君と言ったか?」 「はい、彼の名前は岡田といいます。私の部下です」 「そう……人違いをしてしまったたみたいだ。取り乱してしまって済まない。私の勘違いで怪我をさせてしまったようだから、病院まで連れて行く。それから、出来る限りの償いをしたいのだが……」 「いえ、私は大丈夫ですので……どうかプレゼンを続けて下さい」 「社長、彼もこう言ってますし、口の堅さは私が保証します。彼の世話は私の秘書にさせますので、何も無かったということに」  意図は全く違うだろうが、部長の出した助け船に圭太は内心礼を告げる。  今二人になるのだけはどうしても避けたかった。

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