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第3話

「いや、それでは私の気が済まない。社長だから気を使っているのかもしれないが、間違えた事をしたら、誰だってきちんとした謝罪をしなければならない。部長、私の言っている事は分かるだろう?」 「は、はい。それはもう、流石社長……立派なお考えだと思います」  まだ二十代後半の青年からの一睨みに、五十代の部長はすぐさま発言を撤回する。  それだけ、創始者一族直系の彼の力は社内で絶大だった。 ――逃げなきゃ。  そのやり取りを聞いた圭太は本能的にそう思う。  囁かれた言葉から……彼が自分を圭太と確信している事は明白だった。 ――でも、だけど。  今ここで逃げてしまったら、自分が圭太であると認める事になる。 「岡田君、済まなかったね。立てるかい?」  申し訳なさそうに下がる眉尻。  謝罪しながら出される掌。 ――ダメ……だ。今、逃げないと。 「はい、大丈夫です」  不自然にならないように自分の力で立ち上がると、横目でチラリとエレベーターの階数表示を確認した。  身体はあちこち痛むけれども、走れないほど酷くは無い。  ちょうど開いたエレベーターの扉目がけて駆けだすと、驚いたような部長の声が背後から耳に入って来た。 「岡田君っ」 「ハア……ハア」  自分を呼ぶ声を無視してエレベータの中に滑り込み、閉ボタンを連打していると扉が閉まってしまう寸前、こちらを見つめる彼と視線が一瞬だけ絡み合う。  圭太の方を見据えながら、携帯電話を取り出した彼は、口許に笑みを浮かべていて……。

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