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第4話

 そしてあの夏の夜。琴也は鈴真の自宅の庭に忍びこんだ。  琴也に酷い告白をしてから鈴真は学校を休みがちになり、何日も連絡が取れない日々が続いた。心配になった琴也は何度も鈴真の自宅を尋ねたが、門前払いを喰らう始末だった。  琴也は生垣のわずかな隙間をくぐって敷地内に潜りこんだ。鈴真から教わった秘密の抜け道だ。  鈴真の部屋は屋敷の一番奥に設えられた離れにあった。箱入り息子である鈴真は過剰なまでに手厚く育てられてきたが、琴也から見れば、彼は鳥籠に囚われた小鳥同然であった。鳥籠の中の自由しか知らない可哀想な少年だ。  離れにはぼんやりと明かりが灯っていた。妖しい光に誘われる蛾のように、琴也もまた引き寄せられていった。ゆらゆらと不安定に揺れる光源は蝋燭だろうか。近づくにつれ、琴也の鼻は噎せ返るような匂いを嗅ぎ取った。香炉でも焚いているのだろうか。  清純な鈴真と淫靡な香りが結びつかず、一瞬琴也は忍びこむ家を間違えたのではないかと思ったほどだ。 「鈴真……鈴真、いるのか?」  琴也は鈴真を呼んだ。離れから返答はなかったが、何かがごとりと落ちる音が聞こえた。やはり鈴真は中にいる。そう確信した琴也は離れの小窓から室内の様子をうかがった。 「す……鈴真…………」  幾本もの蝋燭に囲まれた鈴真は、生まれたままの姿で板張りの床に転がっていた。  しかしその口は朱い布で猿轡をされ、両手足は毛羽立たせた麻縄で雁字搦めに縛られていた。さらに鈴真の臀部には凶悪な性器を模した玩具が挿入されていた。  琴也は絶句した。この目で見ているはずなのに、窓の向こうの受け入れがたい現実に理解が追いつかなかった。 「鈴真! 鈴真!」  琴也は大声で叫んだ。鈴真の危機を放ってはおけなかった。  だが琴也がいくら呼びかけても、当の鈴真はおろか彼の家族らの反応もなかった。しびれを切らした琴也は離れの入り口に回り、強く引き戸を叩いた。 「鈴真! おい、聞こえているだろう、返事をしろ!」  反応は変わらなかった。これだけ騒ぎ立てているのに、まるで琴也など存在しないかのように辺りは静寂を保ったままだった。  警察を呼ぶべきだと思ったが、鈴真の家族――特に父親に知られてしまうと今後鈴真との接触を完全に断たれてしまいそうで、琴也は自分ひとりで解決するしかないと決意した。  だが幾度も引き戸を叩き、鈴真を呼び、堅牢な戸をこじ開けようと奮闘するも、結果は変わらなかった。諦め切れない琴也は小窓に戻り、中の様子をうかがった。  再び垣間見た鈴真の姿に、琴也は背筋を震わせた。 「……鈴真?」  後ろ手に縛られ、四つん這いになり、高く尻を持ち上げた鈴真は琴也と目が合うと、物欲しそうに腰を動かした。  蠱惑的な眼差しの鈴真に、この場で異常なのは彼自身だと琴也は悟った。  ――まさか、この状況を愉しんでいるのか?  琴也が視線で問うと、鈴真は身を震わせた。  そして眼を潤ませ、あからさまに琴也を誘った。発情期の猫のように身体をくゆらせる鈴真の姿は、正直見ていられなかった。  ――彼は鈴真ではない。  そう自分に言い聞かせながら、琴也は一歩、また一歩と離れから足を遠ざけていった。  秘密の抜け道まで辿り着いた頃、沈黙を守っていた離れに人影が現れた。  鈴真の父親だ。  琴也は間一髪のところで鈴真の父親との接触を逃れることができた。  鈴真の父親は琴也と入れ違うように離れに近づき、そして琴也が何度こじ開けようとしても開かなかった離れの扉を開け、中に入っていった。  琴也はその場に留まり、しばらく待ってみたが、ふたりが出てくることはなかった。

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