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うみをとめ
海の底には都があり、戴く宮は水上から差し込む光の柱に包まれて、それはそれは美しく輝いていた。
宮には、ひとりの美しい人魚の姫君があった。海底を生きる者たちはみな、彼女を慈しみ、親し気に『海乙女』と呼んだ。
肌は真珠のように白く輝き、砂色の髪は水中に咲く花のように揺れる。その髪には、珊瑚の髪飾りが一層によく映えた。
平穏な海の宮。争いはなく、人魚たちは自由に生を謳歌していた。
しかしその栄華も、たったの一日にして手折られる。
欲に目の眩んだ人間たちによる大がかりな人魚狩りが行われ、碧き海の都は、血の色に染まった。人魚の鱗は万能の薬――どんな病も癒し、長命を与うる――そんな迷信が、人間たちを突き動かしたのだ。
一人逃げ果せた海乙女は、幸か不幸か、陸に打ち上げられ、乾いた砂の上で目を覚ます。しかし、彼女は海の記憶を全て失っていた。更に、その半身はひれを失い、人の足の形を成している。記憶を失った彼女にとって、もはやそれは驚くことではなかったが。
戸惑う彼女の傍を通りかかったのは、足の悪い青年。彼女たちは一目で恋に落ち、平和に暮らした。
やがて数年が経ち、青年の元に人魚の鱗を煎じた薬が持ち込まれる。薬を服した青年はたちまち足がよくなるが、乙女は海の記憶を取り戻してしまうのだった。
幸せな海での暮らし。威厳がありながらも優しい父王、慈しむ心を絶やさぬ母王――共に潮を凪いで泳いだ仲間たち。
……血に染まった都の光景が、ひとつ残らず脳裏によみがえる。
悲憤に暮れる海乙女。
ついに小舟に飛び乗ると、海原へ帰るように、その櫂をかきだした。
うみをとめ物語・作者未詳
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