17 / 17
わたしのお父さん
ざざん……。ざざん……。
あの頃と変わらない波のさざめきが、体の全てを包み込む。
「どうした、耶雉」
「あの頃のことを、思い出していました。僕が、流れ着いた日のことを」
耶雉は浜辺につと立ち、寄せては返す波を眺めていた。日差しは少し強めだが、都の暑さに比べれば心地良いくらいだ。
季節は、耶雉が月ノ輪へ来てから二度目の夏を迎えていた。是愛は長めの休暇を取り、耶雉と共に海辺の別宅を訪れている。
「……王妃さま、太子さま……僕は、ここで生きていきます」
海のむこう。遠い遠い祖国・黎星に向けて、耶雉は囁いた。それに続けるように、是愛が口を開く。
「私が、一生をかけてともに生きよう」
「はい……!」
微笑むと、小波が寄せ、ひと際大きな飛沫がたった。
「あ……」
何かを水中に見つけたのか、耶雉が屈む。
「見てください。綺麗な貝です。玻璃乃さまに、贈ってもいいです?」
「ああ、きっと喜ぶだろう。海乙女からの贈り物だと」
薄桃色の貝を手のひらに乗せる耶雉を、是愛は後ろから抱きすくめる。
少し、風が強くなってきた。
「戻りましょうか、……お父さん」
「……なんだ? それは」
「ふふ、この国のひとは、夫のこともそう呼ぶと学びました。玻璃乃さまから教わったんですよ?」
「なるほど。はは、確かにそうだな」
そうして笑い合う二人の声は波の音と混ざりあい、どこまでも続く空へと響いていった。
了
ともだちにシェアしよう!