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第2話
四龍は国の王であり要である。
彼らが通った道には清々しい"気"が満ちるが故に
彼ら国王は定期的に国を歩いて回る。
そんな中、
桃李は本日お留守番を命じられている。
「寂しくて泣くなよ、姫。」
「誰が泣くかよばか。」
あの意地悪なシルバーの猫目が愛おしげに細まって額に小さく口付けを受けた。
その時までは何ともなかったのに、
跳ねる癖っ毛が遠くなるにつれ段々視界が霞んで
鼻がツン、と痛くなってから漸く自分の気持ちに気が付いた。
「泣くなよ、姫」
「うるせぇよクソヤス。
... ...あとソレ止めろ。」
自分を"姫"と呼ぶ男は義栄一人でいい。
「帰るぞ虎徹。」
「みぃ!」
ぽてぽて跳ねる子虎は可愛い。
桃李は既に恋しくなっている男の面影を虎徹に見出していたが、アイツはこんなに可愛くないわと思い直してまた視界が滲みそうになる。
「それじゃ、僕は城に居るから。
その間桃李の護衛は彼が務めてくれるよ。」
ここを曲がれば友康は城へ
桃李は更に真っ直ぐ歩いて桃妃宮へ進むが
友康がふと意味深にポンポンと肩を叩いて来た。
「何だよ?」
真っ黒なヒジャヴで唯一覆われていない目元を
胡乱気に友康へ向ける。
「... ...彼、常秋さんの良い人らしいよ」
「は?」
顎をしゃくって示された方を向けば
パタパタと駆け寄って来た人物が桃李を見て
ピシッと音がしそうな程姿勢を正すと言った。
「本日から仙桃妃様の護衛を拝命致しました
ウィサーム将校であります。」
見るからに屈強そうな彼は目に見えて緊張しているらしい。
護衛と言っても普段の桃李は与えられた宮で運び込んでもらった本を読み漁り、
中庭で虎徹と遊ぶ他はチカラの使い方を覚えようとひとり黙々と鍛錬をするだけだった。
「そろそろ頃合いかな、と思ってさ。」
そう言われて桃李は思わず苦い顔をしてしまう。
胸苦しい気分になるのだ。
奥まった限られた人しか足を踏み入れられない桃妃宮とは違い白珠宮にはこの国のために遣える人間が多く行き交って働いている。
ダルム・イシュタットもその一人だった。
桃李の知らぬ場で知らぬ者たちが寄り集まり
仙桃妃を貶めようと画策していた。
当然、裁判で投獄され刑に服すことが決まってからも桃李は義栄が側にいない時以外は
白珠宮へ足を向ける事はしなかった。
「... ... 気分じゃない。」
自分だけならまだマシだ。
幾らかチカラを使いこなせる様にもなったし
そういう時には理性を手放す事も大事だと学んだが、それはあまり褒められた事では無いだろう。
「その為の彼だよ、桃李。
肩書は義栄さんのお墨付きで常秋さんの失態も彼は知っている。同じ轍は踏ませないよ。」
そこまで言われて断れる筈もなく
居心地悪そうにまだ姿勢良く立っている彼に
桃李は言葉をかけた。
「よろしくお願いします。」
口元の隠れたヒジャヴの中で
桃李はぼそぼそと言うとウィサームは逞しい声で答えてくれた。
◯◯◯◯◯◯
その日の午後
何時もの虎徹との散歩の時間。
桃李は重い気持ちを抱えたまま
白珠宮を散歩する事にした。
勿論、ウィサームを引き連れて。
「ウィサームさん。」
彼はどんなに小さな声で呼んでも
桃李の声を聞き付けると声をかけて来た。
「何か。」
「おれの事、どう思う。」
「と、言いますと?」
屈強そうな顔に戸惑いが見えた。
「仙桃妃の事を皆はどう捉えているのか、教えて欲しい。おれの周りはおれに優し過ぎて当てにならないんだ。」
少し先を歩く虎徹もそろそろ変に跳ねたりしなくなって、普通に走られ様になっている。
まだ少しだけスキップする時もあるが
それはもうそのままでいて欲しい。
楽しそうに走る姿は見ていて可愛いくて仕方ない。
「我々は只の仙人です。龍王様の様に穢れと闘えるチカラはありません。
やたらと長生きでチカラが使えるだけです。
万能ではありませんし替えは幾らでも効きますが
貴方様と龍王様は別です。」
「でも、おれは先日襲われた。」
「わたしは只の武官です。
脳味噌は腕力の何分の1しか無いと自負していますが、貴方様はきっとわたしよりうんと賢い。」
二人は白珠宮の庭の端で木陰に座り込んだ。
昼間は朝とは違って心地良く暖かい空気が満ちている。
「無知は時に人を愚かにします。
あの男は龍王様と貴方様のチカラを見縊っていたのでしょう。」
確かにウィサームの言う通りかもしれない。
あの男、ダルム・イシュタットが考えていたのは王の地位と更なる豊かさだった。
「穢れは地位や名声では祓えません。
驕りはむしろ穢れを呼ぶとわたしは思います。」
「そういうものなのか。」
ウィサームは側に立つ立派な木々を指さした。
「あそこは昔、武官のそれは筋骨隆々の男達を気絶させた男がよく昼寝をしていました。」
「はぁ。」
「今でこそ逞しくはなりましたが
若い頃はそれはもう美しく線の細い青年でした。」
あっ、と声を上げた桃李にはその男に心当たりがあった。こちらを見るウィサームと目が合うと頷いていた。
「常秋はわたしの当時先輩にあたる武官に絡まれていました。酔っていて普段からもあまり素行は良くなかったのですが、武官ですから。
体格と腕には自信があります。」
「それで?」
「常秋は腕を伸ばしただけでした。
殴り合いも怒号も斬り合いも無く。
只の小さな水玉ひとつで自分より大きな男たちを失神させて見せました。」
なるほど、と呟いて事態を把握する。
きっと鼻と口を水玉で覆ったのだろう。
桃李も今なら同じ事をするかもしれない。
あくまで自衛の一手段として。
「その時のアイツの言葉がわたしは未だに忘れられません。」
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『こんな文官風情に
何が出来るのかとお思いでしょうが、
そんな筋肉ばかりでは
大事な命と誇りを失いますよ?』ーーーー
「わたしはハッとしました。」
「成る程、惚れたんですね。」
ニヤリとして桃李が言うとウィサームは照れた表情を浮かべていた。
桃李より長く生き修羅場も数多くくぐってきた筈だろうに。
この時のウィサームの顔は完全に恋する只の男の表情だった。
「この時からです。
わたしは自らの無知を認め驕りを改めようと誓いました。現金な動機ではありますがそれが実際、わたしの命と誇りを守ってくれました。」
だから、とウィサームが風で揺れる木々を眺めながら言う。
「貴方様が無知を克服しようとする姿を
わたしは尊敬致します。」
これがウィサームの桃李への問いに答え。
だとしたら桃李が取るべき行動は
幾らか鮮明さを増したかもしれない。
「ありがとうウィサームさん。」
「いえ、御力になれたなら幸いです。」
ところでと桃李はウィサームに問い掛けてみる。
漸く人前にも出て気分転換が出来たお陰か
少しだけ下世話な事を聞きたくなってしまった。
「常秋さんの一番好きな所は?」
尋ねた桃李にウィサームは体に似合わない優しげな表情を浮かべて切り返して来た。
「龍王様の好きな所と交換なら
お答えいたしますよ、仙桃妃様。」
ぐっ、と思わず返事に詰まってしまったが
好奇心には勝てそうに無い。
あの何時でも冷静でクールイケメン常秋の色恋にかなりの興味がある。
桃李は若干の羞恥心と引き換えに
こっそりと秘密を分かち合う事に成功した。
「おれは、義栄の意地悪そうに笑う口が意外と好き...ですっ、!」
「わたしは、チカラを使う時のアイツの瞳が気に入っています。」
もっとも、まだ"約束"を果たしていない
常秋とウィサームなので
きっと遠征から帰ってきた後に同じ質問をしたならきっともっと艶かしい答えを言ってしまうかもしれないな、とウィサームは思ってしまった。
そんなウィサームの心境など露知らず
今度、是非とも常秋の瞳を見てみたいと思った桃李だった。
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