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第1話

 本の虫、という呼ばれ方が悪口の部類に含まれるものだと理解し始めたのは、私が小学校高学年に上がった頃であった。  私は本を読むことが何よりも好きだ。私が通っていた小学校では毎朝担任が本を読み聞かせる読書の時間というものが設けられており、入学当初はお気に入りの時間だった。毎朝違う本を読んでもらい、感想を皆の前で発表する。私は人前での発言が苦手だったが、読書の時間だけは雄弁であった。  しかし私は次第に読書の時間に対して苦手意識を持ち始めていた。まず気になり始めたものは担任が読み聞かせるペースの遅さであった。読み聞かせというものは本来そういうものなのだろうが、続きが早く知りたい私にとってはまどろっこしいものであった。  次に気になり始めたものは読み聞かされる本の内容であった。中学年までは気にならなかったが、高学年になっても読書の時間に登場する本は、クローゼットの奥は別の世界に繋がっているやら、子供の竜を助ける為に動物の島に冒険に行くやら、ファンタジーなものが多く、私には馴染めない世界だった。  同時期、私は図書委員会に入った。これは私にとっての転機だった。私は図書委員会の仕事をまっとうする傍ら、当番でない日も毎日図書室へ通い、片っ端から本を読み漁った。その当時私は伝記やミステリーやギリシャ神話などが好きだった。  図書室の半分ほどの貸し出しカードに私の名前が書いてあるようになった頃、夏休みになった。夏休みは特別に十冊まで借りることができたが、今借りると秋に読む本がなくなってしまうから、私は街の図書館で借りることにした。  図書館は私にとってまさに天国だった。小学校の図書室の二倍も三倍も、それ以上の本が好きなときに好きなだけ読めるのだ。図書館の貸し出しも一度に十冊までだったが、私は一週間も経たずに読み切ってしまい、結果毎週のように図書館に通うようになった。  夏休みが明けると学校のある日は図書室へ、休みの日は図書館へ通うようになり、この頃から本の虫という言葉を耳にする機会が増えた。図書室へ通う姿を見て笑われたり、教室で読書をしているときにわざとすぐ近くで騒がれたり、同級生からの視線は痛かったが私は本が読めることが嬉しかったから、周りのことは気にしないように精一杯努めた。  私は三月の修了式で表彰された。一年間で一番本を読んだ児童として。当たり前だろうと思っていたが、教室で担任から『虫』と書かれた折り紙の金メダルをもらったときは、ほんの少しだけ嫌な気分になった。  図書館通いは小学校を卒業して中学生になっても続いた。この頃のお気に入りは探偵ものや怪奇ミステリーだった。  思春期真っただ中になるとジャンルはさらに狭まり、猟奇的な犯罪や性的傾倒を描いた作品を好むようになった。うまく伝わらないと思うが、内容はもちろん、作家によって異なる文章の構図に興味を持っていたのだ。  例えばAの作家は暴風雨のように文字が迫ってきて読者の緊張を煽り、Bの作家は生娘のように艶めかしくフェチシズムをくすぐらせる。  借りるだけでは飽き足らず、小遣いはすべて本に使った。進学先の高校では文芸サークルがあったため、試しに入った。偉大な作家たちの影響を受け、不思議と自分でも書いてみたくなったからだ。

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