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第2話

 あとがきを読み終えた僕は、その本を閉じ、本棚に収めた。もう何十回も何百回も読んだが、毎回僕は感動するのだ。時計を見ると、あと十数分でバイトに行く時間になっていた。  僕の本棚はぎっしりと本という本で埋め尽くされているが、その一角だけは特別な空間になっている。  文芸作家・緋室一久(ひむろ かずひさ)。  彼の著書を集めた一角。僕にとってのお気に入りの場所だ。僕は彼の一番のファンだ。  就活シーズン真っただ中なのに、僕は大学とバイト先を行ったり来たりの生活を送っている。金がないからだ。  親元を離れて大学の近くで一人暮らしをしているが、親からの仕送りはなく、バイトで稼いだ金は学費と生活費以外はほとんど本の購入費に充てられ、手持ち金はほとんど残らない。  車がないと生活できない地域だから当然免許も取った。さらに免許取得と同時期に車を買ったせいで、月々のローンや保険料でさらに消えていった。  好きな本を買えるだけの金が手に入ればいいから、仕事の選り好みも特になく、なんとなくみんなと同じように面接を受け、数社から内定ももらった。僕はなんとなくで生きているが、本に対する情熱だけは誰にも負けない自信があった。  幼い頃から本の世界にどっぷりと浸かっていた僕は、周りから本の虫と呼ばれていた。僕の敬愛する緋室先生と一緒だ。出身地も出身大学も一緒。  僕が彼の存在を知ったのは僕が中学生の頃だが、そのときにはすでに先生は表舞台から消えていた。新作の発表を毎年待っているが、それらしいニュースはおろか、彼の名前すら忘れられてしまっているように思える。  僕が特に好きなのは処女作である『墨溜まりに漂う』だ。彼が大学の文芸サークルに所属していたときに書かれたもので、僕よりも若い二十歳のときの作品だ。  先生は若い頃から活躍しているのに、僕は少し勉強ができるだけのその他大勢に過ぎない。それでも僕は先生の一番のファンであるという自信がある。  誰にも負けない、僕だけの強みなのだ。

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