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第6話
僕に運が回ってきたのだと感じたのは、先生の来訪を知ったあの日から半年以上経った秋風が心地の良い夜だった。
目深に帽子を被り、今の時期にはまだ早い厚手のコートに身を包んでいても、僕は彼が先生だと一目でわかった。お久しぶりです、と声をかけたかったが、先生の存在があまりにも崇高なため、僕は躊躇してしまった。僕は距離を置いて先生の後を追った。
本棚の間を縫うように歩く先生は意外にも足早であり、気づかれないようについていくのは大変だった。先生は前回と同じく最初にラノベコーナーで足を止め、それから文芸コーナーに向かう。そして本棚に並んだ自著を数冊手に取り、レジへと足を運ぶ。
これらの一連の行為はこの日だけではなく、来店するたびに先生は同じルートを辿った。僕はなかなか声をかけられず、いつも二の足を踏んでいた。そればかりか自分がレジに立っているときに先生が近くに来ようものなら、何かと理由をつけて奥に引っ込んでしまったこともある。先生を避けていたわけではない。先生に会う決心がつかなかったのだ。
先生の本は昔――とはいえ二十年くらい前の大ベストセラーだからこそ、質の悪い状態でもたくさんの人が売りに来るから、売れても売れてもごっそり在庫が溜まっていく。それらをなぜか先生は自費で買い占めているのだ。
それにしても、どうして先生はラノベコーナーに寄るのだろう。自分の本を買うのなら、まっすぐ文芸コーナーへ向かえばいいのに。
ある日僕は不審に思われないようにラノベコーナーに行き、本棚を整理する店員として先生に近づいた。先生が見ていたのは最近SNSで話題になっていた異世界転生ファンタジーものだった。僕としては邪道でしかないジャンルだから見向きもしなかったし、むしろ嫌悪感を抱いていたが、憧れの先生が関心を持った本は何だか特別に思えて、先生が帰ったあと、こっそり読んでみた。
衝撃的だった。内容のつまらなさはさておき、文体の心地よさに読み覚えがあったのだ。確認するまでもなく先生の文体だったのである。
その日の晩、僕は寝る間も惜しんでラノベ作家としての先生を調べ始めた。十冊ほど出ていた本を電子書籍でまとめ買いし、投稿サイトに残っていたものもすべて読み、アンソロジーも読み、SNSもフォローした。先生のアカウントはラノベ作家特有の(僕の偏見かもしれないが)キラキラ感や変態感、イキっている感は皆無で、ひたすら野良猫の写真を投稿するだけのものだった。書籍の宣伝は五パーセントにも満たない。
世界で唯一尊敬する先生の別の面を知って、またその不器用さを知って、僕は先生に対して憧れ以上の興味を抱き始めた。
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