――あ……、発情(ヒート)がきた。 　身体の内側から、ふいに熱がわきでるような感覚がやってきて、大谷夕侑(おおたにゆう)は手にしていたシャープペンシルをノートに取り落とした。 　教科書に書かれた数式や二次関数のグラフがぼやけてゆがんでいく。同時に下腹からマグマのような塊が発生し、喉元までグワリとせりあがってきた。 　心臓がドクンと大きく波打ち、衝撃に吐き気を覚えて、夕侑は椅子の上で上半身を虫のように丸めた。 　手足がガタガタと震え、息が荒くなる。それを必死に押さえこみながら周囲をうかがった。 　午後一番のけだるい授業を、クラスメイトらは静かに問題をといたり、眠気をこらえたりしながらすごしている。 　教室の最前列、真ん中の席に座っていた夕侑は、目の前の教卓に立つ教師に目配せをして発情が始まったことをしらせた。 　夕侑のサインに気づいた教師が、授業の手をとめ卓上にあったノートＰＣを操作する。 　すると三分たたずに、校内放送が流れてきた。 『発情耐久訓練、開始。訓練、開始。生徒は理性と節度を持って行動するように。教室を出た者はペナルティ１、獣化した者はペナルティ２、バーストした者はペナルティ３――』 　その放送に、一緒に授業を受けていたクラスメイトらが驚いて顔をあげる。 　放送が終わる前に教室の扉があいて、大柄な体育教師が入ってきた。 「大谷、移動だ」 「……はい、わかりました」 　夕侑は発情で朦朧となりながら、椅子から立ちあがった。 　やってきた体育教師に支えられて、一緒に入り口に向かう。その際、ちらと後ろを振り返った。 　すると、男子しかいないクラスメイト全員の、発情に惑わされた燃えるような眼差しが突き刺さってくる。 　おびえつつそれらから目をそらし、教師と共に廊下に出た。