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第41話
「昨日は...悪いことをした」
「...え、」
急に湊はそう俺に謝ってきた。
そして“昨日”という言葉を聞いた啓吾は眉をピクリとさせ、次の瞬間には湊の胸倉を掴んでいた。
「昨日って...お前が...っ」
「け、啓吾!」
「離せ。お前にこんなことをされる義理はない」
しかし、湊は啓吾のその行動には冷静に対処しバッと手を払い落した。
「うるせぇっ!お前那智に何したんだよ!昨日俺があった時、那智は――」
「やめろ啓吾!」
―やめてくれよ、その続きは言わないでくれ...っ
那智は啓吾の話の続きを遮るように大声を出した。
「那...智...?」
その瞬間、俺たちの周りだけ空気が止まったような気がした。
他の生徒は俺の声に驚いて皆こっちを見てきたが、すぐにまた自分たちの空間に戻り始めた。
優也はただ黙って傍観しており、啓吾は眉を下げこちらを見てきていた。
「昨日...お前がどうかしたのか、」
そんな中、湊が真剣な顔をして啓吾が言おうとしていた続きを俺に問うてきた。
「...何もねぇよ。そんなマジになんなって。それよりも昨日どうしたんだよ、急に消えたからビックリしたじゃんか」
とにかくこの空気をなんとか変えようと、はははと場違いに笑いながらそう問い返した。
湊はどこか不服そうにしていたが、無理にそちらに話をもっていくのを諦め視線を下に向かせた。
「そうか...。昨日は、急に用事が入って...連絡も何もしてなくて悪かったな」
湊はもう一度申し訳なさそうに謝ってきた。
“その用事って何?”“俺に一言も連絡ができないほど頭の中を占めていたことなのか”
こんな言葉が口から出そうになった。でもそんなことを言えるほどの関係でもない。
だから言えない。ここですぐに教室に入ってしまえばよかった。
湊がなにも言葉を発しないうちに。
「その用事は何なんだよ」
しかしこの時唐突に啓吾がそう問い詰めた。
ビクリと肩が跳ねる。
聞きたい...けど聞きたくない。そんな気持ちのまま湊に耳を傾ける。
「人に...会ったんだ。――ずっと好きだった奴と、久しぶりに...」
「...っ」
頭の中にはその人物がいるのだろう。優しげに微笑みながらそう言った湊の表情をみてそのことがすぐに分かった。
ズキと胸が痛んだ。
嘘でもいい、てきとうにそれらしいことを言ってほしかった。
「那智!」
目頭が熱くなってきた。
でもこんな所で泣きたくなんてなかった。
だから鞄を廊下に落とし、その場から走って逃げた。啓吾の俺の名前を呼ぶ声が聞こえたがかまわず走り続けた。
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