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第86話

 「る...るい...っ、」  「望!?どうしたんだ、そんな息切らして」  湊を探して学校中を走り、体育館にある準備室で漸くその存在をみつけた望はガバリ、と抱きついた。  突然のことで驚き頰を赤く染める湊であるが、望のいつもとは違う様子にか気がつき心配そうに眉を下げる。  「琉依...俺、どうすればいいんだっ...とられたくない...とられたくないんだっ、」  湊に会ったことによって望の感情は溢れだし、自分勝手に言葉を紡いでいく。  先程見てしまった光景を思い出し、胸は締めつけられ大粒の涙が頬をつたう。  自然と湊に抱きついている手にも力が入った。  「嫌だ...啓吾がとられるなんて。あいつはもう十分に幸せじゃないか!!なのに...なのになんでそれ以上を求めるんだよ...っ!!」  「望...一体誰のことを言ってるんだ、」  泣き叫ぶように言葉を発している望に湊はゆっくりと優しい声音でそう訊ねてきた。  その声に安心した望は勢いのまま名前を告げる。  「那智...那智が...っ、」  — 那智は十分幸せのはずだ。たくさんの友達がいてクラスの中心で...なのにっ。  望は悔しくて唇を強く噛む。  那智にキスをしていた啓吾...それは信じがたい光景であった。  最近の啓吾はどう見ても那智と距離をおいているように見えた。ケンカでもしたのだろうか、というほどに...いやそれ以上に、もしかしたら啓吾は那智のことが嫌いなのか。などと考えたりもしたくらいだ。  しかし実際はどうだ。啓吾は那智にキスをしていた。それはきっと嫌々したようなものではない。  少なくとも啓吾は嫌いな奴にあんなキスはしない。  — あんな...欲情した顔でキスなんて...  考えれば考えるほど望の心の中には仄暗い感情がたまっていく。  「児玉...か、」  湊はポツリと呟くように言った。そして望の頭を優しく撫ぜる。  「お前をもう泣かせない。その原因になるモノを俺は...許さない」  「琉依...」  ― あぁ、また俺は琉依に頼り、守ってもらう...これでは中学と一緒だ。  自身に伸ばされる湊の手を掴んでいはいけない。そんなことわかっていた。  — でもさ、啓吾。俺を怒らないでくれよ。だって今この手を掴むのは...君を想ってのことなんだから。  望は湊の優しさに縋るようにして顔を見上げる。  — なぁ、俺は何も間違ったことは...してないよな?  終わらない自問自答が頭の中を巡った。

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