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第2話
「結城くん。今日はなんか、動きがぎこちないけど、大丈夫?」
「…………はい、大丈夫です」
自動車学校の担当教官の、何気ないようで核心をついてくるような質問に僕は、反射的に即答できなかった。
「腰かばっちゃってるような感じがしたからさぁ。何?高校卒業したし、彼女とハメ外しスギちゃった?いいなぁ、若いってさぁ」
「え、いや………はぁ」
彼女と………?
彼女なんて、程遠いわーっ!!
と、速攻かつ大声で叫びたい。
童貞どころじゃないんだよーっ!!
処女を喪失したんだよーっ!!
しかも、たかだかジャンケンでーっ!!
そう………たかだかジャンケンで、僕は色んなものを失った………気がする。
男としてのプライドも。
何を比べても、何をしても、友哉に勝てないと言う、僕という存在価値とか。
普通は失わないであろう、〝処女〟まで失ってしまうなんて。
あと……これは、かなり認めたくないんだけど。
なんだか、気持ちよかったような、気がするんだよ。
友哉との、エロい事が。
………何、やってんだよ……僕は。
なんでだろ………。
友哉と一緒にいると、振り回されている感じがして思うようにならないんだ。
「学科の卒検は合格ったんだっけ?」
「はい。あとは技能だけで」
「時間も十分だし次の卒検、今週末に受けようか。早く腰治して頑張ってね、結城くん」
「はい。ありがとうございます」
………よかった。
なんだかんだ友哉にバカにされながらも、大学に入るまでには免許を取れそうだ。
友哉の存在を除けば、親父が乗っていたフィアットを貰い受けて、部活漬けだった僕の彩のなかった学生生活をおさらばして、花の大学生活が送れるかもしれない。
………先に、処女は失ったけど。
か、彼女とか、できるかな………?
昨夜から今朝にかけて僕の身に降りかかった最悪な出来事を思いっきり忘れるくらい、僕の気分は軽くなる。
無意識にニヤけながら自動車学校の門を出ると、初心者マークが半端ないくらい違和感ありありの、ペカペカに光り輝いているシルバーのジープ・ラングラーが目の前に止まった。
………す、っげぇ……新車か?!
その車に乗ってるだけで女子がいろめきたちそうな、いかにもな車を横目に僕はそのすぐ側をとおりぬける。
「おい。シカトしてんじゃねぇよ、円佳」
ラングラーのパワーウィンドウが開いて、その中から今、僕が一番聴きたくない声が僕を呼び止めた。
その窓の奥。
今朝の形相とは打って変わって、ミントの葉っぱを100枚くらい食ったんじゃないかってくらい、爽やかに変身を遂げた友哉いた。
しかも………なんだよ、その爽やかな笑顔は。
「シカト、っちゅーか。なんでこんなとこにいんだよ、友哉」
「かわいい弟を迎えにきてやってんだよ」
「はぁ?!」
「どうだ、羨ましいか?」
「…………う、う、うらやましくなんかっ!!」
「まぁ、乗れよ。ドライブしようぜ。ついでに俺ん家だった新婚生活満載な実家に行かなきゃなんねぇんだ。付き合えよ。あんな愛の巣、一人じゃいけねぇし」
………結局は、そういうことだろ。
忘れた荷物を取りに行きたいけど、親父と友哉の母親の、ラブラブ具合を目の当たりにしたくないから、僕を遮蔽物もしくは弾除けにするんだろ、どうせ。
あと、その不敵な笑み。
僕が断ったら、あることないこと尾ひれはひれをつけて親父にチクるに違いない。
僕は、渋々新調したリフトバンドを付けた手でそのドアに手をかけた。
「しかし、すげぇな。ラングラー新車だったら、車体価格だけでも500万はするだろ?」
「まぁ、な」
「………何者なんだよ、おまえ。つーか、おまえん家なんなんだよ」
「え?知らないのかよ?」
「何がだよ」
「俺の母ちゃん、医療機器を取り扱う会社の社長」
「…………」
………親父。
おまえは何という人に惚れ込んで、結婚してんだよーっ!!
逆玉って、まさしくこういうことを言うんだろうな………。
ガキの頃は対等だと思っていた親友は、持ってるモノのアイデンティティから違うんだって、この時初めて知ったんだ。
………詰んでる。
と、いうより。
義弟だか義兄だかになって失ったものが多いって思っていたけど、元々、僕は友哉には敵わないんだって思い知った瞬間だった。
「ま、そう言うとこがおまえのいいとこなんだけどな」
「は?」
「色眼鏡で、人を見ない」
「え?」
「そんだけバカなんだけどな」
「!!」
あげといて、落とされる………みたいな?
おおよそ、僕を貶して遊んでる感満載な友哉と、よせばいいのにいちいち反応してしまう僕は、終始こういう会話をしながら、親父たちの愛の巣に到着してしまった。
「おー!円佳、元気か?」
元気か?じゃねぇよ、親父。
「友哉くんと仲良くやってるか?小学生の頃はお前たちは本当、兄弟みたいに仲良かったからなぁ。どうだ?その頃みたいにまた、わちゃわちゃやってるか?」
はぁ?!
高校で再会して以降、仲なんかいいわけないだろ!?
わちゃわちゃやってるって?
わちゃわちゃとおりこして、ハードプレイにワープしたんだよ!!
全部、親父が再婚して、新婚生活を満喫しているせいだろーっ!!
………なんて、言えるわけない。
親父の、いつも穏やかに笑っていた親父の顔は、僕が生まれた時から見てきた笑顔より、ずっと幸せそうで………。
その顔を、悲しみとか心配の感情で歪めたくなかった。
「うん、まぁ。いきなり兄弟ができて、さらに知ってるヤツだから、まだなれなくて………少し………いや、かなり戸惑ってるけど………」
「だよなー、お互い一人っ子同士だもんなぁ。なれなくて当然だよ。………まぁ、ここだけの話。友哉くんが円佳と同居したいって言ってくれたから、本当、友哉くんに悪くって」
………は?
どういうこと?
親父が発したあまりにも衝撃的な言葉に、僕がフリーズしていると、親父は年甲斐もなくニコニコした笑顔を赤らめて続ける。
「友哉くんに『円佳には言うな』って言われてるから黙っててね。そうそう、あんなクールな顔してて、小学生の頃おまえがあげた誕生日プレゼント、今だに大切に持ってるんだってさー」
………こ、混乱する。
意味が、分かんねぇ。
第一、僕のことが嫌いなんじゃないのか???
嫌いだから、悪口言ったり虐げたり、挙げ句の果てには僕を捌け口みたいに犯したりするんじゃないのか???
僕に見せる友哉の顔と僕以外に見せる友哉の顔が、ジキルとハイド並みに違いすぎて………。
う、なんか………。
考えれば考えるほど、気持ち悪くなってきたよ、マジで。
「円佳、準備できたよ。帰ろうか」
ミントを100枚くらい食べたかのような爽やかさを継続中の友哉が、両手に荷物を抱えてリビングに入ってきた。
見るからに、画材かなんかだ。
「えー?!もう帰っちゃうの?!一緒にご飯を食べてけばいいのにー!!もうすぐ由紀さんも帰ってくるからさぁ」
「いや、今日は俺が食事当番なんで、もう仕込みも済ませてきてるんです。せっかく誘ってもらって悪いんですけど、今日は遠慮します。な、円佳」
な、円佳ってさ。
おまえが食事当番なんて、今、初めて聞いたぞ???
なんだよ、それ。
友哉の至極丁寧な言葉に、親父は「そっかぁ、残念だなぁ。また、今度だね」と、これまたこの世の終わりがきたみたいな残念そうな顔をして言った。
なんか………。
友哉の爽やかな笑顔や、丁寧な言葉遣いが慣れなくて、本当に胃がムカムカして………マジで、気持ち悪い。
「で、今日は俺がメシ作ってやったんだから、お礼にご奉仕しろよ」
実際に友哉は、夕飯を作った。
信じられないけど、めちゃめちゃ美味しいパエリヤを作って………。
イケメンで金持ちで料理まで出来て、これで性格良けりゃいうことないんだけどなぁ、って思った途端のこの友哉の言葉。
ある意味、本当、信じられない。
昨夜も今朝も、やっただろ!!
おまえは、サルかーっ!!
っとつい口から出そうになった瞬間、親父のデレた笑顔を思い出して、必死にその言葉を押し込んだ。
………親父は、さ………「友哉くんはいい子だよー」なんて言ってたけど………。
親父より僕の方が、友哉に接している時間は長いんだ。
断ったらただじゃすまないことくらい、分かってる。
「ご奉仕って?」
分かってはいるけど、つい、確認のため僕は分かりきった質問をする。
「分かってんだろ?ほら、来いよ。円佳」
ソファーに座って不敵な笑みを浮かべている友哉は、リストバンドに包まれた僕の手首を掴んで強く引っ張った。
友哉に背を向けるように座らせれた僕に、友哉の手がシャツの下に滑り込む。
片方の手は僕の胸を、もう片方の手は器用にベルトを外してズボンの中を、真綿のような柔らかな手つきで、僕の体を撫で回した。
「………っん」
その手つきとは対照的な淫らで濃厚な友哉のキスが、僕を襲う。
「なんだよ、たった2回の経験でこんななってんのかよ」
だ、だって………。
だって、めっちゃ感じるんだよ。
友哉のシゴく手つきが上手すぎて。
友哉のキスが頭をクラクラさせて。
………だめだぁ、おかしくなる。
今まで胸にあった手が僕の後ろに滑り落ちて………。
あ、や………中、指………動かさないで………。
「ん、あ………」
「………ヒクついてんじゃん。おまえ、淫乱かよ」
そんなん、わざとじゃない。
友哉が………いけないんじゃないか………。
僕を好きなようにして、汚して、犯して………女の子みたいに喘がせてるくせに………!!
「………やべぇ。挿入るぞ、円佳」
「や、やぁ!………や、っやぁあっ!!」
ソファーの上に組み敷かれて、僕の内側を乱暴に突き上げる。
………や、だ……それ以上は………やだぁ。
僕はおかしくなってるに違いない。
じゃなきゃ、ヤられすぎて全ての感覚がアホになってるのかもしれない。
親父が言っていたいい子の友哉が、本当なのか。
僕を抱き潰す悪魔の申し子のような友哉が、本当なのか。
………僕は、だんだん、僕を見失う。
日の光がダイレクトに瞼を透過して、チーズの焦げた香ばしい匂いが中枢神経を刺激して。
ハッ、として目を開けた。
〝朝ごはんは、ご飯と味噌汁〟
………やっべぇ、今何時だ。
友哉のイヤに冷たい声で言った言葉を思い出して、僕は弾かれるように飛び起きる。
2日間で3回もヤられた僕の腰は、僕が想像していたより意外とスムーズと動いて、そのまま一階へと駆け下りた。
「円佳。おまえ、服くらい着ろよ」
キッチンに立っていた友哉に指摘されるまで、僕自身がマッパだなんてスッカリ忘れて……。
「!!………見んなっ!!」
「じゃあ、服着ろよ」
「言われなくても分かってるよ!!」
こんなことでまた部屋に回れ右なんて、自分のアホさ加減にホトホト愛想が尽きて、友哉以外見るヤツなんていないのに、手で前を隠して階段を駆け上がった。
………何、やってんだ。
だから、調子が狂うんだ。
そもそも、脱がしたの友哉だろ?!
それから、トンじゃうまでヤッたのも友哉だろ?!
畳んだ洗濯物から自分の服を取り出して広げると、見慣れぬ服が目の前に現れた。
………あ……洗濯物、入れ替ってる。
あぁ、もう!!こんな時になんなんだよ!!
友哉の洗濯物であろう一塊りを手に、僕は友哉の部屋を勢いよく開けた。
………す、げぇ………何、これ。
この家に友哉が来て、2日。
かつてエロDVDしかなかった親父の部屋が、すっかり様変わりして、友哉仕様にモデルチェンジしている。
さっぱりしたいい香りがして。
たくさんのスケッチブックが棚一杯に置かれていて………。
いやいや、見惚れてる場合じゃない。
カゴに入っている僕の洗濯物一式と、友哉の洗濯物一式を入れ替えるタイミングで、僕は友哉のテーブルの上に置きっぱなしになっているスケッチブックに目が止まってしまった。
………人のものだし、見るつもりはなかったんだ。
スケッチブックに描かれた鉛筆画。
両手も両足も真っ直ぐに伸びて、キレイなポジショニングのジャンプトスをしている人の絵が描かれていて………顔が、僕っぽい。
え?………これ………僕?
確かに、高校の時はセッターをしていたけどさ………。
こんなにキレイなジャンプトスはあげてなかった気がする。
………でも………なんで???
「円佳ーっ、飯できたぞーっ」
見惚れてボヤッとしていた僕は、友哉の声で思わず身をブルッと震わせた。
ヤバッ………早くしなきゃ!!
なんか………勝手に見たのがバレたら、ヤバい気がする!!
「いいい、今いく!!」
僕は友哉の部屋にあった手にとったパンツとTシャツ、それに短パンを僕史上超高速で身に付けると、間違っていた洗濯物を取り替えて、高速状態のまま一階に駆け下りた。
「?円佳?何だよ、何慌ててるんだよ」
「え?!いや!何も?!ってか、何でおまえが朝食作ってんだよ」
と、いうか。
テーブルに並んだピザトーストとか、コンソメっぽいスープとか………。
思いっきり洋食じゃねぇか!!
「パン、食べたかったから」
「はぁ!?」
「たまに食べたくなんだよ。基本和食だけどな」
だったら………そう言ってくれ。
和食っぽいのを作るより、パンの方が幾分楽なんだよ。
………やっぱり、僕は友哉に振り回されてる。
でも………あの絵。
あれ……いやぁ、あれは僕じゃない。
あんなにキレイなジャンプトスは上げられないし、僕は下手くそだから………。
そう!!きっとあれは僕じゃない!!
そうだ!!そうに決まってる!!
そう思ったら、幾分、気持ちの激しい鼓動が落ち着きを取り戻したように、静かになった。
「言ってくれたら、作ったのに」
「俺もたまには家事をしなきゃな」
「何で?」
「だって、円佳がお礼にご奉仕してくれるんだろ?」
………それが目的か、こいつは。
率先して何かしてると思ったら、下心ありありかよ。
………なかなか友哉の行動が読めない。
こんな、ヤツじゃなかったのになぁ……。
友哉の一連の行動や思考を思い返すと、僕と友哉の関係は、小学生の頃のキラキラした関係には2度と戻れないんだろうなぁ、って漠然と感じて。
………まぁ、密着具合はそれ以上の関係になってしまったけど………。
僕は心に穴が空いたみたいに、無性に悲しくなってしまった。
だったら、僕はどうしたらいいんだろう?
嫌なはずなのに、僕が友哉を拒絶したらどうなってしまうのか、全く想像もつかなくて………。
友哉を突っぱねることも、嫌うこともできない僕は、どうしたらいいんだろう?
「………ありがとう、友哉。旨そう」
無意識に笑顔を作って、無意識にいい言葉を言って、僕は食卓についた。
「だろ?」
「うん」
「今日、車校は?」
「うん。チケット切ってもらって、最後の練習しなきゃ」
「送迎してやろうか?……って言いたいとこだけど、今日は無理だな。学校行かなきゃ、美術部の後輩から連絡きたんだ」
「うん、大丈夫だよ。チャリンコで行くし。………晩ご飯は作るから、ゆっくりしてこいよ」
「………円佳?」
「何?」
「いや………何でもない」
「友哉。今日、何食いたい?」
「すき焼き」
「分かった」
何かが、壊れたのか。
何かを、ふっきったのか。
いつもみたいに友哉に突っかかることもなくて、ただ、気持ち悪いであろう笑顔を浮かべて穏やかに友哉に接していた。
………僕が、我慢すれば。
………僕が、感情を抑えたら。
友哉の全てを、僕が何もかも受け入れてたら………。
すべて、うまく行くんだ。
ペコンって、僕のスマホが音を立てて、同時にポップアップでメッセージが表示された。
〝久々に後輩のシゴキに行かね?〟
卒検の練習が終わって、何となくすぐさま家に帰りたくなかった僕は、一人ベンチに座って最近味を覚えた缶コーヒーを飲んでぼんやりしていて。
そんな悟りを開くような状態の僕に、共に汗を流したバレーボール仲間からのメッセージで、一気に現実に引き戻された。
最近、色々あったしなぁ………。
久しぶりに体を動かしたいってのもあるし………。
あんまり家にいたくないってのもあったし、後輩の事を考えたら卒業した先輩なんかウザいだろうから、あんまり行きたくなかったんだけどなぁ。
それよりも、僕の抑え込んだ感情を解放させる事を優先してしまったんだ。
『今から?』
〝おう〟
『行く。今車校なんだ。シューズ取りに行ってから行くから、先行ってて』
〝おう。ボチボチやんよ。気をつけてな〟
………ぼーっとしてても、しょうがない。
バレーボールをして汗を流せば、すっきりするかもしれない。
………友哉とも、遠慮せずにちゃんと向き合える心の準備ができるかもしれない。
帰りにすき焼きの材料買って帰れば、さらに気分が上がるかもしれない。
………よしっ!!やるぞ!!
〝何事も懸命に、前向きに〟
ここんとこの僕らしくない僕を吹っ飛ばすため、僕は缶コーヒーを一気に飲み干して足取り軽く駆け出した。
「円佳っ!」
「ナイスッ!涼太っ!」
僕は背が低いから、速いトス回しが要求される。
だから、ジャンプトスをしてライトからレフトにいるアタッカーに大きく速いトスを上げる。
僕の声に反応した涼太は、体を大きく弓なりにしてボールをとらえると、高い打点からアタックを繰り出した。
後輩が構える間を、鋭い打球が鋭角にコートに突き刺さる。
「全然鈍ってないじゃん、涼太」
「おまえこそ!円佳のトスが打ちやすいんだよ」
涼太に頭をクシャとされて、心の底から嬉しくなって、久しぶりに思いっきり笑ってしまった。
………力が、湧き上がる感じがする。
「今日は、来てよかった。誘ってくれてサンキューな、涼太」
「おう!また、やろうな!」
その時、ふと。
視線を感じて、僕は体育館の出入り口の方へ顔を向けた。
………友哉。
美術部の後輩に、もちろん女の子の後輩に囲まれた友哉が、開けっ放しになっていた体育館の出入り口から僕を見ている。
いつもの余裕ありげな、柔らかな視線を投げかけるふ澄ましたイケメンじゃなくて。
真っ直ぐに強い力を込めた瞳で、僕を逃さないように直視して………。
ゾクッとする。
怖いとか、そんなんじゃない。
腹の奥が疼くような、まるで………そう、友哉に突っ込まれている時のような、そんな………体が、友哉を求めているような、ゾクゾク感。
………頭が、一気に冷たくなるような気がした。
イヤなハズなのに、友哉と離れちゃいけない感覚に陥って………胸が苦しくなる。
………負けちゃいけない。
家に帰ったらちゃんと言わなきゃ、友哉に。
なんで僕にこんな事をするのか。
僕のことが嫌いならそれでもいい。
友哉がそうしたいなら、それで僕を許してくれるんならそれでもいい。
でも、親父のことを盾にして、そんな事をするのはやめろって………言わなきゃ!!
「おまえも行ってたんだな、学校」
グツグツ美味しそうな音といい香りのするすき焼きが、白黒に色あせるくらい友哉の声は冷たく鋭い声音をしていた。
「うん。涼太が後輩をシゴキに行こうって」
「卒検近いのに余裕だな、円佳」
「たまにはね、息抜きだよ。それよりどう?僕が作ったすき焼き。おいしい?」
「…………まあまあ」
「そっか……。次は、うまく作れるように頑張るよ」
「円佳」
「何?」
「…………いや、なんでもない」
「友哉が言わないなら、僕が言う」
「…………」
「僕は本当は嬉しかったんだ、友哉と一緒に暮らすのって。ガキの頃の友哉との思い出が、今までの人生の中で一番キラキラしてたから。また前みたいな関係が、築けるかもしれないって……。でも、なんかお互い意地張っちゃってるみたいになっちゃって………。僕の無神経な一言に、友哉が傷ついたんだから謝る。だから親父とか関係なく、せっかく一緒に住んでんだから………楽しく過ごさないか?」
………よし、言えた!
分かってくれたらいいんだ、僕の気持ちを。
こんな状況は、普通じゃないって。
まぁ、親父と友哉のお母さんが再婚すること自体普通じゃないけどさ。
違う道を一方通行したって、僕たちの溝は埋まらないんだよ。
「………んだよ」
「え?」
「………だからなんだよ」
………友哉の声が、震えてる。
「勝手に思い出に浸ってんじゃねぇよ。おまえにとっちゃキラキラした思い出かもしんないけど、俺にとっちゃ一番思い出したくもない思い出なんだよ。………円佳に何が分かんだよ!!円佳に俺の気持ちの何が分かんだよ!!」
激昂って、こういうこと言うんだろうなって。
友哉の怒りが爆発した瞬間をぼんやり見ていたら、友哉に胸ぐらを掴まれて、床に凄い勢いで張っ倒された。
「……ってぇ!」
体が硬い床にぶつかって痛いのはもちろんなのに、その状況に現実味がなくて。
すき焼き食べたかったなぁとか変な事を考えてるうちに、僕はいつの間にか友哉に馬乗りにされてしまっていた。
殴られてもしょうがない、ヤられてもしょうがない………。
それで友哉が落ち着くんなら。
思いの丈を全て言った僕は、友哉の全てを受け止めなきゃならないんだ。
ポタッ。
僕の頬に温かい水滴が落ちて、ビックリして友哉の方を向く。
………泣いて、る?
………なんで?
怒りや悲しみや、たくさんの感情が入り混ざったそんな目で僕を見下ろす友哉の顔が、あまりにも切なく見えて。
………そして、あまりにもキレイで。
たまらず友哉の体に腕を回して、その強張って震える体を抱き寄せた。
「なんで、泣いてんだよ………友哉」
「………!!」
「っあ……」
折れるんじゃないかってくらい強い力で僕の体を抱きしめた友哉は、その強さのまま貪るようなキスをする。
口の中に割って入る友哉の舌が、僕の舌と絡まって、ほんのりすき焼きの味が互いの体を繋げて………何故か僕は、ホッとしてしまったんだ。
………大丈夫。
友哉と、うまくやってけそうな気がする。
なんて………漠然と、そして直感的に思った。
「友哉………友哉が泣いてる時は側にいてやる、から………。一人には、しないから………。僕は逃げない。だから、本心でぶつかってこいよ……友哉」
セックスでもなんでもいい。
スカした俺様な友哉じゃなくて、同じ目線の友哉になれるきっかけが、僕は欲しかった。
………だったら、僕も全力で受け止めなきゃ。
お互いのシャツのボタンを外して、互いのTシャツを脱がしあう。
友哉の指が僕の内側を探るように弾くと、僕はビクつく体を友哉に寄せて、その首筋に歯を立てる。
………本気なんだよ、僕も。
「んっ、あ……友哉………もっと………強く」
「円佳……円佳ぁ………」
ここ2日で一番強く、そして野生的に激しく。
僕の中、奥深くまで突き上げる友哉のソレに、意識がトびそうになりながらも、僕は友哉とキスをしたり体に爪を立てたりして、必死に友哉に喰らい付いていた。
知らなかった時間の友哉を知りたい。
その空白を埋めるように、友哉とその空白を埋め尽くしたい。
だって、僕は………。
「友哉………好きだ」
そうだ。
僕は、昔から………友哉が好きだったんだから。
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