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「(あー…クソ)」
今となっては分かっているのだ。
当初こそ小国であるアシュルーレが大国からの申し出を断るなんて無礼にも取られる真似は出来ないからと、相手に振られる事を待っていたものの、そう簡単な話でもない。
リュカのロイランドへの気持ちは酷く大きく、理由は分からないなりにもそれが偽物などではないことは間近で感じ取ってきた。ロイランド自身も、リュカをしっかりと見るようになってからは以前よりも好意的に見れるようになったことは自覚している。
ただ。
「好きってなんだよ…」
本来、仮に母国で王座に座ることとなろうともロイランドは婚姻を結ぶ予定など無かった。王族の務めとして幾度かそういう経験が無かったとは言わないが、そこに愛情などという情緒が発生することはまずない。
分からないのだ。好意的に見れるようになったからと言って、それは彼の言う愛とは別物なのではないか。好意のみに焦点を当てれば、それはリュカだけでなくラジルやルナ、故郷の家族や民にまでも及ぶ。それとリュカの言う「好き」に、具体的な違いがあるというのか。
「………」
申し訳なく感じるのは、きっとロイランドが以前にもましてリュカとのことを真剣に考えるようになったからだ。それはただの他人から、リュカ本人へとロイランドが認識を変えたからではある。だからこそ、適当な言い訳などしたくないと、そう思えるようにもなったのだが。
堂々巡りの考えに、嫌気が差してくる。
「ロイランド様」
日陰の下、どうすることも出来ず待ちぼうけするロイランドに声が掛かる。振り返ればそこには一人、女の従者が立っていた。
「リュカ様の命であちらにお飲み物を用意しています。どうぞ中へとお戻りください」
あちらと言われた先には本会場ホールからは少し離れた屋敷の一端。
はて、と首を傾げる。リュカは確かホールの方へと戻らなかっただろうか。それにリュカ本人でなく従者を寄越すだなんて、理由は無いが彼らしくないと思う。
「(まぁでも…あんな騒がしいところじゃ落ち着けねぇか)」
それにリュカがロイランドの元を離れたのは、飲み物を取りに行くことが目的ではなく頭を冷やすための口実だと言うのも分かっている。
理由こそ察してやることは出来ないが、あのままだとロイランドに気を使わせてしまうと思ったのだろう。
どこまでも他人を思いやる優しいやつだ。他人の、それも自国の民ですら無いもののために怒っても、彼に得られるものは何も無いというのに。
それだけ、愛されているということだろうか。
「は、まさか」
「ロイランド様?」
甘ったるい女児のようなことを一瞬でも想像した己を吐き捨てるようにして自嘲する。
リュカが自分を慈しんでくれていることを否定する気は無いが、それを丸々全て受け止められる器量は今のロイランドには無い。根拠の無い曖昧な思考は、自らの視野を狭めるだけだ。
押し黙るロイランドを不思議そうに見やる従者に「なんでもない」と首を振り案内を頼む。優秀な従者はそれだけで上の者の思考を追求するでもなく冷静に頷き、目的の場所へと歩みだした。
「…頭いてぇ…」
思考の奥深く。“それでも”と何かを望もうとする己の本心を被りを振って、ロイランドは従者の背中を追った。
案内された離れは人がおらず閑散とした空気が流れている。「こちらにございます」そう案内された室内に足を踏み入れるのと、違和感を感じたのは同時だった。
カチリ、と何かが施錠された音が聞こえる。
何か、など分かりきったことではあるが、己の迂闊さにロイランドは下唇を噛み締めた。
「おいおい、十分なおもてなしじゃねぇか」
いくら普段よりも惚けていたとは言えど、これは笑えない。
当たりを警戒しながらもゆるりと見渡せば、そこはテーブルひとつ無い空き室。こんな所にリュカが居るとは思う訳もなく、必然的に“嵌められた”と察する。
ここに来て気が緩んでいたのか、まんまの誘導された自身を嘲笑いながらも、まさか白昼堂々、人が多く集まるこの日に実行を移す度胸の強さに呆れ半分、感嘆した。
「いや…人が多いからこそ、か」
多くの人ゴミの中、自身で言うのもなんだが、先にも言った通り王位継承権も無いに等しい第三王子の婚約者(それも吹けば飛ぶような小国の男)を、気にするものはそう多くない。
とはいえ王太妃主催のパーティでこんなにも簡単に問題が起きるようでは警備が疑われる。とどのつまり、ロイランドを隔離せんとした犯人は身内にいるというべきだ。
目星はついている。
「しかしまぁ。俺も随分と舐められたものだな」
扉には鍵、窓はないこの部屋。ここへ連れてきた従者は当然ながらとっくのとうにこの場を離れて素知らぬ顔をしてパーティに戻っただろう。
待っていればそのうちロイランドが居ないことに気づいたリュカが探しに来てはくれるだろうが、それを待つほどロイランドの気は長くなければ、お淑やかな性格もしていない。
自身の従者に「チンピラのようだ」と揶揄されるだけの事はあるのだ。それに、とロイランドはその顔に笑みを浮べる。
ーーーーアシュルーレ今代最高を誇る魔力の持ち主が誰なのか、教えてやる。
ロイランドにとって目の前の扉を撃ち破ることなど朝飯前だ。
全身を巡る馴染んだ魔力。しかしそれを実行しようとした刹那、ロイランドの視界はぐらりと揺れた。
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