1 / 2
第1話
商人が真っ白な花の咲き乱れる地にひとつ聳える城館へと向かっていった。人里離れたその城館は古び、手入れがされずひとく寂れていた。崖の上に花畑が広がるだけの殺風景な場所で、獣道すらないため商人は花たちを踏まなければならなかった。商人の後ろを麻袋のような衣を身に纏った銀髪の少年が追っていく。両手には枷が嵌められ、両足も一歩分だけ自由を許された程度の長さの鎖が巻かれていた。身体中が傷だらけだった。右手だけにすでに黄ばんで汚れている白の手袋をはめられていた。商人は枷や鎖が重い少年に構うことなく引っ張り、蔦の巻かれた門の格子を押した。両脇に羽根を持った猫のような犬のような胴体に、角と尖った耳の生えた動物を模した石像が置かれていた。訪問者を待ち受けているようで、全く訪問者になど目もくれていなかった。柵の奥の広い庭は枯れた雑草が茂り、外の花畑が虚像のようだ。慣れた様子で商人は城館の扉を開いた。蜘蛛の巣の張った、調度品や装飾品はどれも布が被せられたエントランスが広がっていく。
エルトカール様!
天井の高いエントランスに嗄れた大声が響いた。鎖の軋む音までも大きく響き渡った。少年は商人の後ろに控え、呼ばれた者を待つ。エントランス中央に置かれた彫像を取り巻くような両脇に伸びる中階段から足音を立てて、青年が現れた。艶やかな黒い髪を馬の尾のように結い上げている。商人を紅い瞳が射抜き、それからその奥にいるみすぼらしい格好の少年へ移った。
ああ、エルトカール様。お久し振りでごぜえますだ。
「くだらん。用はなんだ」
商人は両手を揉み込むように擦り合わせる。嗄れている声が柔らかくなり、階段を降りてくる青年へと躊躇いを漂わせながらも積極的に寄っていった。20代前半とも後半とも判別のつかない青年は、2人の目の前にある大きな彫像の台座に腰掛けた。
はぁ、実は…旦那様からお買い上げさしていただいたこちらの商品が…
青年は商人から説明されながら上を向くことを許されず俯いている少年の前へ歩み寄った。白く小さな顎を掬い上げる。銀色の双眸が泳いだ。
「顔ばかりでは売れんか」
少年の肌理細かい頬を、ぺちりと叩いた。それから右手の手袋を外す。樹皮のように硬化し、変色した皮膚が露わになった。
どうしても売れ残ってしまうんでごぜえます。
「ふん」
青年は鼻を鳴らし、興味は失せたとばかりに少年から意識を逸らす。上着のポケットに骨張った手を入れた。商人の目の色が変わる。
「返品されるとはな」
商人が両手を出すと、その上に金子 を撒いた。
「足りぬか」
十分で!十分でごぜえます!
商人は錠の鍵を渡すと、何度も辞儀をし一目散に帰っていった。残された少年は汗ばみ、青年の前で震えた。
「薄汚い奴隷め。金を運んでくるどころか、奪っていくとはな」
青年はまた少年へと顔を向け、首から下がっているタグを引き掴む。
「リツォンテ…そんな名前が付けられたのか。人の名など、奴隷には要らぬだろう?」
タグを掴んだまま奴隷を引っ張る。
「私は男は嫌いだ」
青年の足取りについて行けず、細い皮でできたタグの紐が首を圧迫した。青年は歩くのが遅い奴隷に眉を顰め、タグを放すと両手に巻かれた鎖を掴む。
壁も床もタイル張りの、湿気の多い蒸した部屋へと放り込まれる。
「男は嫌いだが、薄汚い男はもっと嫌いだ。洗え」
麻袋に似た衣類を乱暴に剥ぎ取られる。右手の硬化は右肩からはじまっていた。醜いな、と青年は呟いて浴場へと突き飛ばす。
「何とか言ったらどうなんだ。話せぬのか。右手は使えん、話も出来んでは売れ残って当然よな。哀れなものよ、奴隷とは」
「……ご購入、ありガとうございマす…身を粉にして働きマすので…」
久々の発声に調子が分からず掠れ、裏返った。
「ご購入?勘違いするな。貴様は売れ残った不良品なんだからな」
「…はい。感謝いたします…」
青年はタグを引き千切り、手の鎖を解く。
「ふん。くだらん」
湯気が立ち込める大きな湯殿に溜まった乳白色の湯を奴隷にかけた。少年の頭の中は真っ白になる。息が荒くなって、膝を着く。青年も温くなった飛沫を浴びて溜息を吐く。
「私は世話は嫌いなのだ」
四つ這いになる少年に気付くこともなく湯をかける。容赦なく何杯も桶で湯を掬い、這い回る少年へとぶち撒ける。少年に興味も示さず、ひたすらに湯を汲んでは打ち捨てる。右手を庇い、少年は広い浴場を逃げ惑った。目を剥いて、息を乱し、隅へと逃げる。青年が目の前に奴隷がいないことに気付いて、浴場の角に張り付く白く細い裸体へ、タイルの上の水を弾きながら歩み迫る。
奴隷商にいた頃に熱湯をかけられた光景が少年の頭に貼り付いて、逃げてはいけないという命令を身体が全く無視をした。立ち上がろうとするが膝が震えて何度もタイルへ膝を打つ。身体が震えていうことが利かないようだった。
「貴様…!奴隷の分際で小生意気だぞ!」
青年は腕を振りかぶる。少年は硬化した皮膚に覆われた右腕を抱えてただ震えているだけだった。青年は握った拳を戦慄かせ、舌打ちをすると拳を下ろした。
「…そもそも何故私が貴様のような小汚い奴隷の世話をしている!自分で洗え!どこもかしこも綺麗に洗い終わったら私の部屋に来い!」
桶に汲んであった湯をタイルの上に流すと青年は怒りだして浴場を去っていった。
青年・エルトカールの部屋を探していると、女とすれ違った。全裸の少年を四つ這いにさせ、その背に乗っていた。女は四つ這いの少年の大きな首輪から伸びる鎖を引いた。ロングスカートが床を引き摺り、17歳ほどの少年のまだ発達途中の背の上では胡座をかいている。女は同じく全裸のリツォンテを爪先から脳天まで眺めた。犬のように息を乱した車の黒髪を女は乱暴に掴んだ。虚ろな紅い瞳が廊下の天井を仰ぐ。
「少年 、見ない顔だな」
エルトカールによく似た顔立ちをしていた。翠の瞳という点を除けば、エルトカールをそのまま女性にしたといっても信じてしまうほどだった。
羞恥に耐えながら、股間を右腕で隠し、その上から左腕を重ねた。
「本日、買われました…リツォンテと申します…」
俯いていても、四つ這いの少年に座っているため目線の低い位置にある女がよく見えた。
「ほぉ、リツォンテ。なかなか良さげな種馬 だな…」
翠の瞳が硬質な右腕に留まって、肩から左手に隠れるまでを辿っていく。それから顔を見た。リツォンテを見たわけではなかった。ただ値踏みをしているような眼差しだった。
「あれが好きそうな面構えだな。そんな顔をして薄汚い陰茎 は付いているのかな?」
女はエルトカールによく似た美しい顔に下卑た笑みを浮かべた。リツォンテはどうしていいか分からず、手が震えた。
「なぁお前。お前の立派な薄汚い陰茎 を見せてやれよ」
女は愉快げに笑うと、握った鎖を弛ませ、敷いている男に先に進むよう合図した。ゆっくりと女は通り過ぎていく。女が見えなくなるまでリツォンテは辞儀をした。そしてエルトカールの部屋を探す。人の気配がまるでない館内を歩き回っていたが、一向に主人の部屋が見つからなかった。
「不良品め!」
もときた廊下も分からなくなり彷徨っていると背後から首を掴まれる。エルトカールだった。
「不良品め…!手を煩わすな面倒臭い」
冷たい手に首を引っ張られ、リツォンテは近くの部屋へと連れ込まれた。目に入る扉全てを確認したがどれも鍵が掛かっていた。エルトカールの私室の近くまで来ていたらしかった。
「不良品め…ちゃんと洗えているのか…?」
濡れた銀髪を掻き乱される。
「男は臭くて嫌いなんだ」
エルトカールの私室には人形が所狭しと並べられていた。壁中が何段にもなった棚のようになり、そこに座ってどこかを見ている。実際の人の子ほどある幼い女の子を模した、本物と見紛うほどの精巧な作りで、1体1体、顔立ちも髪色も瞳の色も衣服も違っていた。扉まで立ち止まってしまったリツォンテの背を突き飛ばす。
「ピンクかレッドだな」
リツォンテの真正面に迫り、頬や唇を触りそう呟くと部屋の奥へと進んでしまう。絨毯や人形たちの狭間から見える壁紙はどれも淡いブルーやピンクやオフホワイトで彩られていた。フリルやリボンやレースがふんだんに使われた服に身を包む可愛らしい人形たちはあちこちを凝視しそこへひとり立つリツォンテは落ち着かなかった。エルトカールは両手に花束のような服を吊り下げて人形に隠されているかのような部屋奥から姿を現わす。
「着ろ」
部屋の隅で人形が座っていた椅子にエルトカールは彼女を膝に乗せて腰掛けた。人形はくたりと身を傾け、緑のガラス玉にリツォンテを映した。リツォンテはといえば押し付けられるままに受け取ってしまった、深紅と鮮やかな薄紅のフリルとリボンの装飾過多なワンピーススカートに戸惑った。エルトカールの端整な顔立ちが苛立ちに染まってリツォンテを観察する。
「私が着ろと言っているのだ!聞こえないのか。右手は使えん、耳も聞こえんではうちでは飼えぬぞ。貴様の取柄などその顔だけなのだ。命 に背くなら出て行くか、修道院にでも行け!」
リツォンテは柔らかで朗らかな色味の絨毯に視線を泳がせる。修道院というものを聞いたことはあったが、何をする場なのかは知らなかった。エルトカールの口振りからこの屋敷よりも良い場所とは思えず、かと言って出て行ったところで己が身でどういった待遇をされるのかは何となく分かっていた。
「何か言ったらどうなのだ?私は男は要らん」
「…着させて、いただきます…」
膝に乗せた人形の頬を撫でながらエルトカールは片眉を挙上げ、リツォンテが着替えていく様をじっと見ていた。レースとフリルで大きく膨らんだ肌着が内股に触れ、股を覆う。フリルだらけのブラウスに腕を通し、背面部のレースが尾のように長い丈のスカートを履く。そして鮮やかなピンク色の膝を少し越すくらいのワンピーススカートを被った。顰めっ面のエルトカールが立ち上がり、人形を丁寧に座らせ直すとリツォンテに近寄った。目の前に迫られ、後退ってしまった。
「ふん、悪くない。レッドよりいいかも知れない。後ろを向け。リボンを縛らねば」
声音が幾分優しくなり、リツォンテの肩を掴んで回した。背筋のファスナーを上げられ、腰の大きなリボンを結ばれる。
「オレンジか、ピンクか…オレンジだな」
エルトカールはリツォンテの肌を手の甲で撫で上げ、髪を一房弄びながらリツォンテを見ていたが、かといってリツォンテを見ていたわけではなかった。また何か言ったらどうだと言われそうで、震えた声を出す。
「あ、の…」
「巻髪だな。ショートも好きだが貴様は生憎男だ。ロングがいい」
後髪を引っ張られる。奴隷市のたびに乱雑に鋏を入れられ、艶を失った銀糸は長く放置され伸びている。待っていろと残されて、主人は人形に隠された部屋の奥に消えた。
与えられた服は麻袋のような衣よりも柔らかく温かかったが素肌に打ち寄せては離れるフリルがくすぐったかった。脚を擦り寄せる。エルトカールが戻ってきて、小さな筒を見せる。濃紺にも黒にも見え、上部が外されると、杏を思わせる色味の芯らしき物が現れる。エルトカールの長い指が芯を擦り、リツォンテの唇をなぞった。冷淡な印象のある美しい顔がふわりと和らいでリツォンテは目を瞠った。
「ふん…その顔だけは大事にすることだな」
エルトカールはそう言って、艶やかな銀髪の鬘をリツォンテの頭に被せる。毛先が大きくカールしていた。毛並みを整えながら左右の肩に均等にカールした髪を分け、梳いている。
「悪くない。悪くないな。髪が伸びるまで辛抱することだ…いいな?出来るな?」
鬘の上から頭を軽く撫でられる。声音は優しくなり、薄い唇が緩んでいる。艶やかに照る銀髪の先を絡める節くれだった指は手ごと戦慄していた。
「は、い…」
リツォンテは突然態度を変えたエルトカールに怯えて身動ぐ。窺うように見上げた紅い瞳が蕩けていた。
「…あまり出歩くなよ」
カールを掌に乗せエルトカールはそう言って強張っているリツォンテに微笑んだ。背筋が凍って、リツォンテは細く返事をする。
「かわいいな、リッツァ」
エルトカールはひょいとリツォンテを抱えた。荒れた手を取られ、乾燥や冷えに晒された指を眺められる。爪は筋が入り伸び、欠けてもいたため長さはばらばらだった。
「おいで。コーティングしてあげるよ。今度街に行った時、胡粉職人に頼んでカラーリングしてもらおう。何色がいい?リップと同じ色にしてもらおうか」
人形1人が占拠した淡い色のソファに恭しい仕草でリツォンテを座らせる。人形は隣に避けられれ。蒼いガラス玉が対面の壁と床の境界を凝視した。エルトカールの形の良い唇が手の甲に触れる。部屋の奥から持ってきたクリームを手の甲に揉み込まれ、それから濡れた懐紙 で爪を拭かれると、異臭を放つ粘性を帯びた水のように透明な液体を爪に塗られた。切り揃え磨かれ、光沢を持った爪をリツォンテは癖のように眺めた。
「ぼく、は何をしたら…」
「…うちに男は要らん!」
「あ…、ぅ…」
柔和な意味がすっと消える。
「リッツァ…何をしたら、いい…ですか…」
口がぱくぱく開閉して、少しずつ言葉を発する。よく出来たね、と頬を撫でられる。口に入りそうな銀髪を除けられ、眇められる紅い瞳から銀の双眸は逃れた。
「リッツァはここで座っていて。紅茶 は何がいい?すぐに淹れるから」
紅茶の種類など分からなかった。しかし何か答えなければまた怒られるのだろうと考えると、何か言わねばならないはずであるのに適した答えが出てこず、悔しさとエルトカールへの恐れに視界が滲んだ。
「かわいい…」
低く小さな美声が囁き、滑らかな長い指が溢れた涙を拭う。
「それじゃあ、待っていてね」
エルトカールは出ていったまま帰ってこなかった。長時間待ち、隣の人形が肩に倒れこむ。栗色の長い髪が揺れる。鮮やかなピンクのワンピースドレスとその下のフリルだらけの裾を握ってリツォンテは泣きはじめた。膝を擦り寄せ、不安に咽ぶ。奴隷商にいた時とはまるで違う環境だった。寒く飢え、汚れた生活ではなくなるが、何か得体の知れない不安に襲われた。無言ながらも同じ棚に暮らしていた他の奴隷たちはもういない。他の者たちは次々に売れていくくせ、樹皮と化した右腕を見ると購入を躊躇った。美しい奴隷を買い漁ることで有名だという資産家が訪れた時もリツォンテを気に入りはしたが右腕を見て渋り、右腕を切断するだとか、四肢を切り落として遊ぶだとか奴隷商に話していたが結局買われることはなかった。うっうっとしゃくる。少し落ち着くと華美な裾とその下から伸びる露わな白い両膝を見下ろす。フリルに包まれた袖が揺れ、爪が艶やかに照る。彩り豊かなガラス玉がリツォンテを監視している。目元が張るように沁みて、ぐすんと鼻を鳴らした。扉が開く。黒髪が麗らかな美青年の姿を待った。現れたのは、主人とほぼ同じ顔をした女だった。腕を揺らして、持っている縄がたわみ、全裸で四つ這いの男の首が反るほど強く引っ張った。リツォンテを、奴隷市にやって来る者たちと同じ笑みを浮かべて見ていた。
「おお、どこのお嬢さんかと思ったよ。似合ってるじゃないか?なぁ?」
女は首輪が引かれもがき苦しむ四つ這いの男に話を振ったが、それどころではないようだった。女はリツォンテに歩み寄り、四つ這いの男も息を荒くしてついてきた。俯いた顔が真っ赤に染まっていた。
「お?なんだ、発情期か?困るな。いくらかわいい男 を目の前にしているからといって、躾がなってない」
女は全裸の男の黒髪を掴み、リツォンテへ顔を上げさせた。リツォンテの持主と同じ、紅い瞳をしている。呼吸はまだ整わず、苦しさに潤んだ双眸がリツォンテを見上げる。はっ、はっと息を乱し、悩ましく眉を寄せている。
「見苦しいところを見せてすまない」
リツォンテは唇を開いたが、声を出せなかった。
「唖 かな、君 は?」
女は蔑みを込めてそう訊ねたのか、事実確認をしているのか分からない調子で問う。リツォンテは首を横に振って否定する。
「ふん、だが唖のほうが都合が良かったろうな。それとも喋るなとでも言われてるのかな?」
うるさいよ!と女は息切れしている男の縄を引っ張った。カエルの潰れたような声が一瞬、薄紅に染まった首から漏れ、リツォンテは男から女の顔を見た。
「下はどうなっているのかな。そのうちあいつは切ってしまうかも知れない。怖いな?」
女はリツォンテのワンピースドレスの裾を捲り上げた。女は鮮やかなリツォンテの衣装とは対照的で、首元からブラウスを覗かせた、漆黒のベロア素材のロングドレスに身を包んでいた。
リツォンテがフリルとレースで膨らんだ下着を身に付けていることを確認すると女は軽やかな声を発して笑った。男の黒髪を掴んだまま、裾の中へと頭を突き入れる。
「ほら、切られてしまう前に味わっておきな」
「ゃ…、や…っ」
男は裾に頭を突き入れたまま、両手を絨毯から離すと、裾の中に入れ下着 を両側から摺り下げる。リツォンテは女の翠の双眸に拒否を訴えたが、女は意図せず漏らした声に満足したらしかった。爪が照り付ける薄い右の硬化した手を取って、指を絡めた。女の爪は長めで鋭く研がれ、真っ黒く塗られている。青を帯びた光沢があり、夜空のようだった。
「なっ、ぁ…」
ワンピーススカートの中が蠢く。内股を髪がくすぐり、股の間の器官が温かく濡れた感覚に襲われる。女に握られた手を離そうとしたが、女の爪が手の甲に減り込む。咄嗟に左手でスカートを押さえた。男が、ぐっ、と呻いた。
「ぁ、ああ…ッ」
敏感な先端を、質感のある舌に舐められている。不本意に勃ち上がっていく。前のめりになり、喉を熱くする息が通り抜けた。カールした銀髪が頬を叩く。女は笑ってリツォンテを眺めている。
「ぅ…ァ、ぁうう…」
ぐぷぷ、じゅぽ…じゅるる、と水音の他に破裂音が混じると女は不快を示し、掌に男に繋がる縄を幾重にも巻いて、男の苦痛が聞こえた。
「っ、ん…ァ、」
「ほら、きちんと喉奥まで咥え込みなさい。何を躊躇っているの?」
唇に扱かれる間隔が広き、リツォンテは解放された気になった。右手を繋ぐ女の指が緩まる。油断していたが、スカートの大きな膨らみを女の空いた手が押さえ込む。まだ剥けきれていない陰茎の根元まで柔らかな内膜に包まれた。甘い痺れが股間から脳天を突き抜け、震える。女は喜び、男の後頭部を押し、持ち上がるとまた押す。強制的に頭を動かされ、口腔で陰茎を刺激する。歯の先が時折擦った。ががっ、ぐごっ、と男の声にならない悲鳴が肉茎に響く。
「射精は初めてかな?」
「ぁっああっ、あっ…!」
女は男の後頭部を押すとそのまま手を離さない。咆哮がスカートの下で曇った。くしゃみするような音がした。喉奥のさらに奥まで侵入した先端を出そうと必死だが叶わず、リツォンテは敏感な器官を男の喉の締め付けと、声にならない叫びの飛沫が苛む。口唇を道具にされた男に反し、快感に支配される。視界が白く明滅した。
「あっぅう…も、あっ!」
「いつもはこっちの手で擦るのかな?それともその柔肌かな?」
女は上体を倒し精を放つリツォンテを見てはしゃいだ。射精に突き上げてしまう幼さの残る屹立と女の掌に男の口元は串刺しにされ、臓物ごと吐き出すのではないかと思うほど凄惨に嘔吐 いた。精液よりも多量の唾液がスカートの色を変える。
「ぁ…ぁう…ぁう…」
「良かったかな?良かった?」
首輪を引っ張り、男をスカートから抜いた女は吐精の余韻に浸るリツォンテを至近距離で眺めた。
「かわいい…」
女はリツォンテの柔らかな頬に指を押し込んで、今までにはなかった優しい微笑みを浮かべた。そうするとエルトカールと見紛うほど似ていた。
「あ…の、」
「なんだ?言ってみなよ、かわいい牡 」
リツォンテの肌を指で愉しみながら女は形の良い唇を吊り上げる。
「い…ぃえ…」
「……分かった。名前だな?ワーティカだ。この男 はオルヴァータ。オルヴァって呼んだらいい。小憎らしいだろう?哀れな犬 だよ。撫でてやってくれないかな」
ワーティカと名乗った女はリツォンテの右手を取るとオルヴァータというらしい全裸の男の黒髪へ導いた。見た目よりも柔らかかった。ワーティカの手が離れてもリツォンテはその髪を梳いていた。
「よかったなぁ?かわいい牡 に撫でてもらってな?嬉しい時はどうするのだったか?」
オルヴァータはリツォンテの硬い掌の下から抜けた。絨毯に着いていた両膝を上げ揃えると両手を前に出し、そのまま手首を真下へ向けると、大きく膝を開いた。蚯蚓腫れや痣や切り傷だらけの下腹部と股間が露わになる。黒い革のベルトを陰茎の付け根に巻かれている。リツォンテは息を飲む。オルヴァータは俯いていたがワーティカはそれを赦さず髪を掴んでリツォンテへ向かせる。
「悪いな。貴女 があまりにもかわいいから照れてるんだよ」
紅い虚ろな双眸にリツォンテが映った。部屋にいくつもあるガラス玉と同じだった。
「ぁ…う、う…」
ワーティカは怒鳴ったり殴ったりなどはせずにいるが、リツォンテは恐ろしさに声が出なかった。白く細い、あまり見慣れない女性の手が犬の股間に伸び、垂れた肉棒を掴んだ。奴隷市で奴隷を選ぶ、束子 にも、反してほつれた綿にも見える小さく毛玉と化しているイヌを抱き上げる資産家の女性の、輝かしい宝石だらけの手ならばいくらでも見たことがある。ワーティカもまたその部類なのだろうか。しなやかな細い手がオルヴァータの陰茎に沿い、動かされる。
「っ…ァ、ァァ…」
「小娘 、ほら、見なよ。陰茎挨拶 」
「…っ、ゥ」
オルヴァータは唇を噛んでいた。虚ろな紅い双眸が濡れて光った。止めさせなければならないと思いながらもそのような権限が全く無いことを知っていた。むしろ買われた分際で止めさせることのほうが余程誹られることであるとすら思っていた。ワーティカの手が残像となって無防備な、無防備を強要された弱茎を往復する。それは膨らみ、少しずつ先端部は腹に近付く。腰が揺れ、前に突き出したままの両手と開いた膝は震えている。
「ゥ、っくぅゥ…っ!」
垂直になるまで育てるとワーティカの手は離れた。白い掌がいつのまにか汁気を帯びて煌めく。見ているリツォンテが羞恥を覚えて目を逸らした。上り詰めることを求めてしまう雄犬の腰は惜しげに揺れた。それもまたリツォンテを落ち着かせない。乾きはじめたスカートの裾を握る。何故自身の所有者は帰ってこないのか。態度が一変した陰険な美青年を待ち焦がれた。
「こんなかわいい殿方 が来たんだ、歓迎しなよ。ほら、射精 して」
陰茎の根元に巻かれたベルトが外される。目の前の、青年というにはまだ幼さの残る男は背を逸らし下肢を突き上げた。陰部を擦る白い掌が粘液をまとい、水気を帯びた音がする。リツォンテはただ呆然と薄紅色の先端とその器官を凝視していた。小さな果実のような先端部が張り、真っ直ぐ天井へ昇ろうとしている。
「ァ…ァァ…ァ、ァ、ッ!」
ワーティカは放心状態のリツォンテへ手招きする。長く黒い爪が順に白く照った。リツォンテはソファから立ち上がる。
「握ってごらんよ」
ぎょっとして、何を握れとは言われてもいないが、熱芯を持った赤黒い陰茎を見下ろした。ワーティカは濡れた手でリツォンテの右手を取り、オルヴァータの秘部へ誘う。
「触ったことはあるかな?」
強く首を振って否定した。大きくカールした毛先がぶつかり、頬に残る。ワーティカは爪で丁寧にその一房を払った。持主のエルトカールと性別の違いだけで、同じような顔をして同じように微笑む。
「自分 のより、どうかな?自分 も自分でやったことはあるだろう?」
肉感はあるが硬い屹立を弱く握り込む。オルヴァータは小さく呻いて腰を動かす。
「変態め!悪いな。いつもなら我慢するのにな。少年 がかわいいからいけない」
屹立の真下にある双珠が引き攣っている。リツォンテはゆっくり感触を確かめる。
「ァァ…ぐぐ…ゥゥぅ…っ」
ワーティカにこれでいいのかとばかりに視線を送る。翠の瞳とかち合うと、ふわりと笑われた。奴隷市の遠くに見える娘たちがよくする笑み。それから頷いて、リツォンテはそのまま慣れている調子で扱く。樹皮に酷似している硬い皮膚が液体をまとい、くちくちと鳴った。
ともだちにシェアしよう!