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白に黒・前編
「新 の顔、墨飛ばしたみたいだな!」
そう言って、書道の自習の時間に墨のついた筆先をピンっと顔に向かって弾かれた。
「わっ」
オレに向かって墨がそこらじゅうにと飛び散る。
少し目に入って、顔も服も汚されて。涙目になるオレを尻目に、みんなは笑った。
「墨飛ばしたのに、さっきと全然変わんねーや!」
みんながが笑うのも仕方がないのか。
オレの顔には、小さな黒いものが点々と、墨を飛ばす前からたくさんついていた。
「数を数えたら増える」という迷信のような話は、そばかすの話だったろうか。
オレのはそばかすじゃないけど、これ以上増えてしまうのが怖くて数えたことがなかったが
オレの顔には何十個も、小さなホクロが存在していた。
どれも大きさとしてはとても小さいのに、肌が白いせいかやたらと際立つ。
誰もがオレの顔を見たら、顔の印象よりもまずホクロの多さに目がいくだろう。
そのせいで、いじめと言うほどひどいものではないが、からかいのネタにされることは度々あった。
だけどこんな風に墨を飛ばされるのは初めてで、怒るべきなのか悲しむべきなのかもよくわからなかった。
そんな中、
「おい、龍平ー!」
「…樹!」
「流石にやりすぎだかんなー!うわー…Yシャツとか超シミになってんじゃん。先生にチクるからなー!お前ら覚悟しとけよー。」
「うぇー」
「……」
どこからともなく現れたクラスメイトの夏目樹に、あっという間に腕を引かれて水道まで連れていかれた。
夏目は、クラスの中で中心的なヤツで、中心的ってだけで言えばオレに墨を飛ばした五味龍平も割とそうなんだけど、
夏目は五味とは違って、ふざけることはあっても人を馬鹿にしたりとか貶めたりとかはしない。
周りをまとめるような爽やかな人気者で、地味目なオレとは特に会話らしい会話もしたことはなかった筈だ。
なのに何で助けてくれたのか。
夏目はオレみたいなヤツを、放っておけないタイプなのだろうか。何から何まですごいヤツだ。
「墨、おちた?保健室からタオル借りてきた」
「…ありがと。だいたい落ちたけど、Yシャツは流石にムリっぽい。」
白い生地に黒い点々。
洗っても落ちてくれないそれは、まるで自分の顔のようで見ているのが辛かった。
「そかー。オレ、ジャージ置きっぱにしてあるけど着る?あ、置きっぱっつっても洗濯済みだけど。」
「いいよ、悪いし。下に着てたのが黒のTシャツだったし。このままでいけそう。」
そう言って黒のTシャツの裾をパカパカ動かすと
「そうか?…あ、まだ顔に墨ついてる」
そう言って、夏目がオレの顔に手を伸ばす。
パチン
思わずその手をはたいてしまった。
「…それ、墨じゃない。ホクロだから」
悪気がないにしても、傷つく。
オレにとって顔のホクロはコンプレックス以外のなにものでもないのだから。
だけど夏目はふっと笑って、もう一度手を伸ばした。
「ホクロじゃないから、墨だから。ほらここ。髪の生え際。ほら、取れた。」
そう言って夏目は、墨で汚れた指先を見せた。
「龍平が言い過ぎなのもダメだけど、新も気にしすぎだよ。新のホクロ、めっちゃいいじゃん。新って肌が白いせいか、ホクロが妙に色っぽく見えるよな」
屈託のないその笑顔に、毒気を抜かれる。
「…なんだ、それ」
「はは。男が男に色っぽいは変だな」
鏡を見れば、相変わらず真っ白な肌に黒い点々。
(めっちゃいいじゃん…か)
誰がどう見ても、お世辞以外の何物でもないだろう。
ホクロがコンプレックスであることは変わりないのに、その日から鏡を見るたびに夏目のその言葉を思い出すようになった。
そしてその日を境にオレに話しかけてくるようになった夏目を意識してしまうのに、そう時間はかからなかった。
「なぁ新、夏休みってどっかでかける?」
授業が終わった途端に真っ先に駆け寄ってきた夏目。最近では隣に夏目がいるのが当たり前だった。
「いや、今のとこどこにも」
「じゃあさ、オレと一緒にバイトしない?オレのバイト先、お盆の花火大会やるとこの近くでさ、花火めっちゃよく見えるから毎年夏は混むらしいんだよ。だから夏だけの臨時バイト募集してんだ」
「あー…」
バイトか。オレはバイトというものを、生まれてこの方やったことがなかった。
…だってこの顔だ。
面接になんていったらジロジロ見られるに違いないし、接客業とかは絶対考えられない。
「オレ…あんま人と接するの得意じゃないし…バイト厳しいと思う」
夏目はきっとバカになんてしないから、正直に自分の気持ちを伝えた。
「はは。新ならそういうかと思った。でもさ、バイト先の人ももし新来てくれるなら皿洗いだけするのでもいいからすごい助かるって言ってたんだよ」
「え…オレの話してあんの?てかなんでオレなの。夏目なら他にいくらでも愛想のいいヤツ知ってるだろ」
「え?そっかー、別に新じゃなくてもよかったのか。でもなんか誰かいないかって聞かれて新の顔しか思い浮かばなかったや。」
俺の気持ちを知ってか知らずか。
そんなことをさらって言ってのける夏目に、オレは思わず顔を反らした。
「まぁ、社会勉強にもなるし、夏休みいっぱい会えるし。考えといてよ」
「うん…」
夏目のその誘い文句に一晩悩んだ挙句、オレはバイトをすることにした。
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