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白に黒・後編 (完)

「店長、俺の友達の筒井です。」 「…筒井新です。今日からよろしくお願いします」 「君が筒井君か。夏目くんから話は聞いてるよ。来てくれてありがとう、ほんと助かるよ」 「よろしくねー」「よろしくお願いしますー」 バイト初日。夏目がわざわざ家まで迎えに来てくれて、オレは人生初のバイト先へ向かった。 その前にオレの鬼門の面接とかがあるんじゃないかと思ってドキドキしていたのに、「オレの友達なら安心できるから面接とかなしで当日時間通りに来ればいいってさー」と夏目に言われ、店長ですら今日が初顔合わせだ。 挨拶をした時、やたら顔に視線を感じた気がしたが、みんな気持ちが大人なのか。ホクロのことに触れる人はいなくて、オレは心底ほっとした。 バイト先は個人経営の小さな2階建ての飲食店で、1階からも2階からも綺麗に花火が見えるという、知る人ぞ知る絶好の穴場スポットらしい。割と近所なのにこんな店があるなんて、オレは全然知らなかった。 店長は若い、と夏目に聞いてはいたけど本当に若くてイケメンで、実年齢は33歳らしいがパッと見20代半ばに見える。 他には店長の同級生で一緒に共同経営している料理長の関さん。 通常からバイトで入ってる夏目と、女子高生の茶髪で元気な新垣さんと化粧ばっちり安井さん。 臨時バイトとしてオレの他にまたまた女子高生の大友さんと宮尾さん、と、ほんとにオレは必要なのかと思うほど、店の規模の割に大人数だった。 料理は関さんと店長の2人がメインで時々料理得意な新垣さんが手伝って、ほかの人は接客とレジがメインらしい。 隠れ家的存在なこともあり、夏場以外は調理場は店長と関さんだけで洗い物も全然事足りているそうだが、 花火大会と、その練習もかねて花火が毎日午後8時に打ち上がるこの夏休みシーズンは、毎年混んで臨時を雇うそうだ。 いざバイトが始まると、オレの仕事は本当に食器洗いだけだった。 「筒井君、丁寧なのはいいことだけど、皿足りなくなっちゃうよー急いでー」 「あ、はい。すいません」 皿洗いだけなのに、洗っても洗っても減るどころか次々現れる食器に、オレはてんてこ舞いだった。 (皿洗いだけで助かるって、嘘かと思ってたけど本当だったんだな…) 接客しなくていいバイトなんてそうそうない。ましてや夏目と一緒にできるところなんて。 「ほい。新がんば」 「あ、うん」 夏目は必ず食器を洗い場に持ってくる際に声をかけてくれた。 そんな些細なことが嬉しくて。 夏目のためにも、夏目を信じてオレを面接なしで雇ってくれた店長のためにも、頑張ろうと誓った。 それからほぼ毎日のように夕方から花火が終わってお客さんが帰るまでの時間までバイトがあった。 なんと、夏目とシフトのかぶってる日は毎回夏目による送り迎え付きだ。 丁度オレの家が夏目の家からバイト先に向かう通り道だかららしいが、オレはそれが嬉しくてたまらなかった。 バイトが始まれば相変わらず皿洗いに追われているオレは、お客さんとは全く話さないどころか顔すら合わせることもなくて助かっているが 夏目や他のスタッフとも挨拶や軽い返事程度しか話をすることもなく、夏目以外と親しくなることはなかった。 一方夏目は、持ち前の周りを引き付ける性格とイケメンから、バイト仲間だけでなくお客さんからも人気なようで、店内で夏目にキャッキャと声をかける女性の声が俺のいる洗い場にまでよく届くほどだった。 自分は望んで、洗い場にいるのはずなに。 夏目が女の子と話す度に、心が軋む。 店内で接客のために夏目の隣に並んでいる安井さんが羨ましかった。 仕事の合間に夏目に耳打ちしている宮尾さんが羨ましかった。 今度一緒に遊びませんかと話しかけるお客さんが羨ましかった。 オレは夏目の隣にいれて、同じバイトができて、送り迎えまでしてもらって…それだけでも嬉しかったはずなのに。 店内で夏目の隣に可愛らしい女性がいるのを目の当たりにするたびに、夏目の隣にいるのはこういう子がお似合いなんだと思い知らされるような気持ちで、苦しくなった。 夏目を好きになってからどんどん欲が増えていくオレは、顔だけじゃなくて、心まで黒いシミができている気がした。 「…あとは洗い場だけだな。他の人は先上がっちゃってー。お疲れさまー」 「はぁい。おつかれさまでーす」 「おつかれさまー」 「新、お先。更衣室で待ってるなー」 「うん、ありがと。お疲れさま」 洗い場は仕事始めは洗い物がほとんどないので仕事が少ないが、終わり際はお客さんが一気に帰る分沢山くる。 そのためバイトの中ではオレだけが少し居残りすることがあった。オレが居残ることがあっても夏目は必ずオレが終わるのを待っていてくれる。 それは嬉しいことだったが、いつも夏目が女の子と先に仲良く上がっていくのを見送らなくてはならなくて、その度に胸は苦しかった。 「終わったね、今日もありがとう。お疲れさま」 「お疲れさまでした、お先に失礼します」 待たせている夏目のもとへ少しでも早く行こうと、タイムカードをついてすぐ速足で向かう。 更衣室は夏目がいるせいか扉の隙間から少し明かりが漏れていたが、近づくと話声がするのに気付いた。更衣室の中には珍しく、夏目の他にバイト仲間も誰か残っているようだ。 (夏目以外とロクに話したことないし…入りずらい) 急かしてた足を急速に遅めて、様子を窺いながら近づくと 「夏目君、今日お客さんに迫られた時、「好きな人いるんで」って答えてたでしょ!私たまたま後ろ通ったから聞こえちゃったよーびっくりした!」 聞こえてきた安井さんの声に、オレは動けなくなった。 好きな人?なんだそれ。夏目にそんな人がいたなんて、オレは知らない。 「いや、あのお客さん来るたびに毎回誘ってくるから困ってて…引き下がってくれないからそう言っただけだよ」 「えー、だってその後どんな子?て聞かれて「肌がきれいで見惚れちゃう子」とか超笑顔で言ってたじゃない。絶対好きな子思い浮かべながら言ってると思ったよー?」 肌が綺麗な子。 目の前が真っ暗になった。 男同士だから夏目への気持ちに望みはないと思ってはいたし、 いつか夏目の隣には可愛い女の子が来るんじゃないかと想像したこともあった。 (けど…よりにもよって肌が綺麗な子かよ) ホクロだらけのオレの顔は、どう頑張っても綺麗とは言えない。 綺麗な肌は、オレがなりたくてもなれない一生の憧れのようなものなのに。 「あ、お母さんお迎えついたって!もう行かなきゃ!続きはまた明日ね、じっくり教えてくれないみんなに言いふらしてやるからー…じゃ、バイバイ」 「はは。お疲れさまー」 ガチャ 固まって動けないオレをよそに、安井さんは無情にも更衣室の扉を開けた。 「あ、筒井君終わったんだ?お疲れさまー」 「お…つかれさま。」 なんとか声を絞り出したけど、顔はうまく作れなかった。きっと酷い顔をしていただろうに、安井さんは気にも留めない様子で呟く。 「あ、夏目君に聞かなくても筒井君なら知ってるのかな?夏目君の好きな人!」 「え…」 「知ってたら明日教えて!知らなかったら今から聞き出しといて!じゃ、また明日ね」 安井さんはそんな爆弾を投下して、何食わぬ顔で走って行った。 「…新、お疲れさま」 固まったまま更衣室に入れないでいるオレに向かって、扉から顔だけ出した夏目が声をかけてきた。 「あ、うん、お疲れ」 どうしよう、夏目の顔を見れない。 っていうか自分の汚い顔を夏目に見せたくない。 俯きながら更衣室へなんとか足を運んだ。 いつもは夏目がいっぱいオレに話しかけてくるのに、いつもと違う沈黙が襲う。 安井さんのオレに対する話声は、夏目にも聞こえただろう。だからオレを呼びに出てきたんだろうし。 できることなら今すぐこの場を逃げ出したい。けど、普通の友達だったらきっとそんなことはしない。 (…あんな振りされて、聞かないほうが逆に不自然だよな…) オレは顔はロッカーに向けたまま、夏目を見ないようにして話しを切り出した。 「夏目って、好きな子いたんだな。オレ、知らなかった」 「…あー…」 苦笑いしたような、何とも言えない声。いつもハキハキしてる夏目にしては歯切れの悪い返事だった。 「好きな子ってさ…付き合ってんの?」 「や、付き合ってはないけど」 さっきの返事とは裏腹に、今度ははっきりと否定した。 付き合ってはない。それは好きな子はやっぱりいるってことなのに。 「…ってことはやっぱいるんだ?誰?オレの知ってる子?」  「やー…うん。はは。」 「そっか…」 オレの知ってる子。 クラスメイト、バイト仲間。オレの交友関係は狭いのに、そんな中に夏目の想い人はいたのか。 ずっと隣にいたはずなのに、馬鹿みたいに夏目ばっかみてたはずなのに、オレは何にも知らなかった。 「あー…やっぱだめだな、安井だったらいくらでもごまかせるけど、新だと嘘つけないや。」 それは友達としての褒め言葉なのだろうか。 オレの気持ちを知って知らずか。こんな時まで爽やかな夏目は、ちょっと残酷だ。 「…告白とかすんの?」 「あー…や、どうだろう。嫌がられたらと思うと、ね」 「夏目に告られて、嫌がる子なんてそうそういないと思うけど」 「なんだそれ。ま、そうだといいけどさ…」 「そうだよ…」 「そっかな…うん。」 告白の決意をしたのだろうか。夏目の最後の返事は、力強かった。 夏目は今どんな顔をしてるのだろうか。 安井さんの言ってたように、好きな子を思い浮かべたような笑顔をしているのだろうか。 そう思っていたオレの隣に夏目が立ったのか、オレの顔に影が落ちた。 「新、オレ、新のこと好きだ。できれば付き合ってほしいと思ってる。」 「…は?」 不覚にもおもいっきり声が裏返ってしまった。 「な…にいってんだよ。嫌がる子いないって言ったけど、でもこういう冗談は好きじゃない。」 ずっと反らしてた顔を上げて、夏目と向き合う。 「冗談じゃないし。すっげぇ本気。オレ、ずっと新が好きだった」 その顔はいつになく真面目で、冗談を言ってるようには思えなかった。 イケメンの真面目な顔はこんなにも圧倒されるものなのか。 夏目の強いまなざしを見てられなくて、もう一度視線を外した。 「でも、さっき…更衣室入る前、ちょっと聞こえたし」 「何が」 「お前が、肌が綺麗な子を好きだって…それなのにこんな顔のオレを好きとかおかしいだろ」 その言葉に夏目は小さくため息をつくと、俯くオレの顔に手を添えて無理やりオレの顔を上げさせた。 「またそんなこと言ってんの。新って超肌綺麗じゃん。白いし透き通ってるし、色っぽい」 「……っ」 顔に添えられたままの手で軽く肌を撫でられ、思わず息をのむ。 「新はホクロがコンプレックスみたいだけど、オレはそんな風にマイナスに思ったこと1度もないよ。だって新ってすんげぇ綺麗な肌にすんげぇ可愛い顔してんじゃん。 んでその可愛い顔の全体になんか神秘的にホクロがあるわけじゃん。オレ新のこと見るたびにずっと、そのホクロ1個1個、全部にキスしてみたいって思ってたよ。」 唖然とするオレに、夏目は悪戯気に笑った。 …どうやら爽やかで面倒見がいいと思っていた夏目は、めっちゃむっつりスケベだったらしい。 そんな夏目に1個1個キスされるのならこのホクロも悪くない、と思ってしまったオレも相当だけど。 終   2014.11.09 (むっつり×コンプレックス)

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