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第1話
………や、ばぁ。
これ、〝ヒート〟って、ヤツだよな……。
小学生の頃、性教育の一環で習った。
男性女性のほかに、アルファ、ベータ、オメガって性があって、オメガは男性でも子どもが産めちゃうって先生が教えてくれて、幼心にも「オメガって大変そうだな」って思ったんだよ。
実際、本当に大変だ。
呼吸が乱れて、体が熱を帯びて………なにより………ヤリたい。
職場で急にこんなになって、「具合悪い」って言って、僕は非常用発電室にこもった。
だって、匂いとか、凄い………んだろ?
緩衝材が敷き詰められた壁に、分厚い非常用発電機のドア。
とにかく自分自身を隔離して、こんなにグズグズになって一人シコってヒートをやり過ごす………はずだったのに。
………何回、シコっても止まんない。
………シコるたんびに、後ろが濡れてくるって……どういうことだよ?!
っていうか。
ちょっと、まてよ?
僕、ベータなはずだぞ………?
母さんも父さんもベータだし、生まれた時からベータだって聞かされてきたんだ。
なのに、なんで?!
なんで、ヒートがきてんだよ?!
オメガじゃないだろ、僕は?!
ベータって聞いて生きてきたぞ………?
平凡な頭で平凡に生きてきたんだ。
これから先も、平凡に生きていくハズだったのに。
心の準備もキチンとできてないまま。
いきなりベータからオメガに性転換なんて、無理ゲーだろ?!
何回って出してるのに、僕のソレ萎えるはことなく。
後ろが疼いて、どうしようもなくなって………。
僕は床にうつ伏せになって、倒れ込んでしまった。
………僕、ここから一生出られないんじゃないだろうか?
急に弱気になって………体の底が余計熱くなる。
体の中から発せられた熱は、頭まで伝わって………。
ボーっとして、何も考えられなくなった。
………や、ばぁ。
もう、誰でもいいから、僕を犯して欲しいなんて………。
この熱から解放して欲しいなんて………。
シコる手が限界で、淀みなく溢れ出る性欲に歯止めが効かなくて。
薄暗い非常用発電室にかすかな光が入り込んだのを夢見心地で感じていた。
………あれ、かな?
発情しすぎて、昇天しちゃたヤツ、かな?
そう、バカげたことを思ったのが最後で………そこから先は全く記憶がない。
ワープを経験したんじゃないか、ってくらい。
僕は今、見知らぬ所にいて………。
クラッシックの………よく、どっかの音楽隊が演奏してる………そう、「ワルキューレの騎行」が流れてて…………。
そして、最高に気持ちいい………。
…………ん?
………気持ち、いい?
………なんで気持ちんだよ!!
「あ、気がついた?」
体は火照ってグズグズに気持ちいいのに、頭は妙にクリアで………。
そう、僕に声をかけた真正面にいるヤツが………衝撃すぎて、クリアだった頭が途端に真っ白なる。
石神眞白………。
うちの会社の、マッドサイエンティスト、が………裸で、僕の中に突っ込んで、る。
やめろ!!石神っ!!
「や、やめぇ……ぁあん……ぃ、いしぃ……っんぁ」
………やめてほしいのに、よがってどうする、僕。
「やめる?いやいやぁ、何言ってるの?君にそんな権利はないんだよ?斉木琥珀くん」
「………っや、な……なんでぇ……」
「だって、君。俺の実験の被験者になるってサインしたじゃん」
………は?
いつ?………そんなサインした覚えないぞ!!
ましてや変わり者のコイツがリーダーで進めてる実験なんて、職場のヤツは全員拒否するだろ!!
………あっ。
そういや………。
課長からなんか書類を渡されて、「君、ご指名らしいから」なんて言われて………よく読まずにフルネームを書いた書類があった。
だって、ただでさえ忙しいのに、細かい字がみっちり詰まった、厚さ5センチはあろうかと思われる書類なんか熟読しないだろ、普通。
僕がサインした時に、課長の顔が心なしかホッとしたように見えたんだ。
………生贄だ。
僕は、このマッドサイエンティストの生贄にされたんだ………。
「君は俺が開発した、〝第三の性を転換できる薬〟の被験者なんだよ。
ただこの薬、すっごく不安定でね。
服薬したベータに合わせて、アルファになるかオメガになるかわからないんだ。
だから、自虐的でツイてなさげで、いたって普通のベータである斉木くんなら、絶対オメガになるって思って。
君を指名していただきました。
総務課長も喜んでたよ、君が被験者を引き受けてくれたって」
………あんの、タヌキじじい!!
わざと、わざと読まさなかっただろ………そんな重要なこと、わざと言わなかっただろ!!
「………やだぁ……オメガ………ずっと、やらぁ」
頭以外は、グズグズにオメガな僕は喘ぎながら、腰を揺らしながら、まるでねだってるみたいに目の前の石神に反論した。
「大丈夫。薬の効き目は12ヶ月。
被験者の斉木くんにはベータがオメガになって、妊娠して出産するまで俺に付き合ってもらう予定だから」
………サラッと、12ヶ月って言ったぞ?
要は……1年じゃないかっ!!
「俺、アルファでちょうどよかったよ〜。だから、毎日子作りしようね?斉木………琥珀くん」
「………っぁ、やぁあ……ぁあん……」
この喘ぎ声は、このよがりは、決して「いいよ、子作りしよ!」的な返事じゃない。
返事じゃないけど………ベータな頭とは裏腹なオメガになった僕の体は、石神のソレを全身で欲して、中に出して欲しくて………体がしなる、石神にしがみつく。
「………そんなに……しないで、琥珀くん……!
……やばいなぁ、イキそうだよ………っ!!」
そう石神が言った瞬間。
僕の中に熱いのがたくさん広がって、お腹の中を満たして………外に、溢れ出した。
「まだまだ、イケそう。琥珀くんがかわいいから、実験を忘れてしまいそうだよ………」
石神は出したばかりで萎えてるはずのソレを、またギンギンにして僕の中にねじ込んでくる。
「……やらぁ、やらぁ……らめぇ………ん、やぁあ」
オメガの僕の体はそれに敏感に反応して、足を広げて、腰をあげて………。
そんな行為にベータの頭がついていかなくて………。
ワルキューレは戦場で倒れた戦士たちを天国に導く武装した乙女で………僕を天国に連れて行ってくれるはずのワルキューレは、死神のような石神に導いて………これが悪い夢ならいいのに….……。
そう考えたのが、最後で。
僕の思考はまたシャットダウンしてしまった。
医薬品メーカーの花形って言ったら営業で、中枢って言ったら開発で。
総務課自体、地味〜な存在で。
その地味な総務課でも、一際パッとせず、目立たず、いたって平均平凡な存在だったんだ、僕は。
その僕と全く対極にいるのが、僕をオメガに変えた張本人、石神眞白。
石神眞白は、開発の中でも群を抜いて天才で……群を抜いて変人で。
奇抜すぎて、死神って意味の〝リーパー石神〟ってあだ名がつくくらい、変人を極めている。
天才と変人は、本当、紙一重なんだろうな。
そんな〝死神〟が開発する薬も医療機器も、奇抜なものが多い。
多いけど、確実に世の中の役に立っているものも多くて、うちの職場としては多少変わっていても優秀な人材を流出させたくないから、石神をフェローとして自由気ままに放し飼いをさせているんだ。
なんで平凡極まりない僕がそんな、〝死神〟に目をつけられて、なんで被験者になってしまったのか、全く見当がつかない。
つかない上に、第三の性転換を実用化して、一体誰が得をするのかさえも、皆目見当がつかない。
あれだ、な。
天才が考えることは、よくわからない。
でも、考えれば考えるほど、僕の平凡な頭でさえも、疑問な事が湧き上がってくる。
僕はいつ、その薬を飲まされたんだろう、とか。
非常用発電室にこもってるって、なんで分かったんだろう、とか。
オメガである12ヶ月、僕の職場での扱ってどうなってるんだろう、とか。
………あと、さ……この人は。
……ああーっ!!
もう、やだーっ!!
色々気になることが多すぎて、考えても解決できそうにない。
オメガになった、って実感がないままオメガになった元ベータには、荷が重すぎるよ……マジで。
………そして、オメガになって。
職場で発情してから、ずっと………ヒートが………止まらなくて、キツい。
オメガは、大変だなぁ。
毎朝、自分が振りまく甘ったるい匂いで、目が覚めて。
一日中体が火照って、石神がかけているワルキューレを聴きながら、ヤリたい欲求を抱えて日中を過ごし。
その熱をとってもらいたくて、アルファと激しく肌を重ねる。
ここにきて7回朝食を食べているから、僕はすでに1週間、新人オメガとして生活しているわけなんだけど。
相変わらず、ヒートには慣れないし。
石神とヤルことにもまだ抵抗があって………。
ヒートのせいで、やりたいことも、することもない僕は体の中にこもった熱をやりすごして、ベッドに横たわる。
そして邪魔をするように、パソコンに向かって仕事をしている石神に、何かしらいつも話しかけていたんだ。
「………ねぇ、石神さん。僕、いつ、その薬を飲まされたんですか?」
「分からなかった?」
僕のくだらない質問も、石神は穏やかな笑顔を浮かべながら、冷たい声で丁寧に答えてくれる。
「………分かりませんよ、そんなの」
「社食の時。君だけ特別メニューだったんだよ」
「………そうだったんですね。全く気付きませんでした」
「琥珀くんは、そんなもんだろうと思ったよ」
「………はい?」
「几帳面で隙がなさそうに見えて、実はかなり隙だらけだし」
「………あぁ、そうですね!!」
そんなこと、一番僕が分かってますよ!!
ボーっとしてて、鈍感ですよ!!
ムカついて、興奮したせいか。
オメガになったばかりの僕の体は、急激に熱を帯びてくる。
「………っ!……薬だけで………遺伝子レベルの変異が可能………なんです、か?
………僕は、ちゃんと赤ちゃんを………作れる、体、なんですか?」
ヒートの波が僕を襲ってきて、それでも質問を止めない僕を、ベッドに腰掛けた石神は冷たい手で僕の頰に優しく触れる。
…………この、ギャップ。
優しいんだか、冷たいんだか…………それが余計、僕のヒートを呼び起こすんだ。
「体の中に小さな傷があったら、それだけでいい。
小さな小さな入り口から入り込んで、遺伝子を組み替える。
琥珀くんは、ちょうど口内炎が出来てただろ?
あとね、琥珀くんに子を宿す生殖機能ができてることは、エコーでちゃんと確認してるから、心配しなくても大丈夫だよ」
………そういや。
仕事のストレスで、口内炎なんてしょっちゅうできてたし………。
内服薬だけで遺伝子を組み替える薬を発明するなんて………。
やっぱ、この人………死神レベルに天才なのかも。
ただ………その方向性が、違う気がするぞ?
「ヒート、ツラいよねぇ。琥珀くん」
石神はその冷たい手の指を、熱くて溶けそうなくらい濡れてる僕の中に入れて、感じやすいところを弾く………。
たまらず、身をよじって………女の子みたいな声を上げてしまった。
「ぃゃぁ……あんっ………」
「かわいい声で、鳴くよね………琥珀くんは」
「いしがみ、さっ………も、ひとつ………聞きたいこと、が………」
「何?」
僕の体にグズグズにたまった熱が頭に回って、これ以上は無理って時に、僕はどうしても聞きたかった、最後の質問を石神に投げかけた。
「………実験には………愛は、いらないもの………ですか……?」
ぼんやりする視界の中で、石神がどんな顔をするのか、僕はただジッと石神の表情を見ていた。
どんな回答を、するんだろう………この死神は。
でも、石神はその穏やかな笑顔を崩すことなく、僕を見下ろして………。
僕の中に突っ込んでいた指を口に含んだ。
そして、大きくなったアルファのソレを僕の中に深く差し込んで、大きくかき乱す。
「………んゃああ!!………や、だぁ………中………こ、すれる………」
「琥珀くん。今日も子作り、頑張ろうね!」
淡々と………石神は、淡々と言うんだ。
こういう行為ってさ、例えば風俗に行っても、エッチな動画を見てでも、どっちか片方には一時的には〝好き〟って感情が存在する、と恋愛経験値はそんなに高いわけじゃない僕はそう思うわけで。
そうじゃなければ………単なるレイプみたいな………そんな感じになるわけで。
僕はオメガになったばっかりだし、さらには野郎とスるなんて初体験、だから。
体は石神のコトを好きなんだろうけど、僕の頭はなかなかそう言う感情まで追いつかない。
でも、最終的には………この人を愛して、子どもを宿して、産んで………育てていかなきゃいけないのに。
この人には、僕に対しての愛が存在するのか。
〝僕が好き〟と言う感情を秘めているのか。
………わからない…………。
愛とか好きとか、そう言う感情を持っているかどうか。
それすらも分からない人と、肌を重ねて、子を待ち望む。
なんだかなぁ………。
よくわからないけど、ちょっとだけ、寂しい。
………天才の考えることは、わからない。
………それが、正しいのかさえもわからない。
だけど、僕は……。
僕はヒートの波と、石神の快楽に溺れて………また、オメガ全開で石神を求めるんだ。
「……ぁあ…………ひぁ………」
「すごいね、琥珀くん。香りも強くなってるし、中も凄くうねってるよ………。俺、また止まんなくなっちゃう」
「………っん、………ほしぃ………」
「何?琥珀くん、何が欲しいの?」
「……ぁん……いしが、みさっ………が………かんで…………噛んでぇ………」
………こんなこと、普段の……ベータの僕じゃ絶対言わない。
500円を賭けてもいい。
それくらい。
賭けにならないくらい当たり前なことを、オメガになった僕は勝手に口が動いて、女の子みたいな恥ずかしいことをサラッと言ってのける。
………オメガの体は、石神を好きで。
石神が欲しくて………噛んでもらいたくて。
「そんなおねだりもできるようになったの?……すごいね、琥珀くん」
「………いしがみ、さん………おねがい………」
被験者は、1週間目で番になることを望む、とか。
僕が言った内容とか、石神とヤッてることとか、全部実験の記録として、淡々と残されるんだろうな………。
…………恥ずかしい。
…………恥ずかしい、けど。
オメガの僕の体は、この死神みたいな石神に惹かれて、好きになって………番になって欲しい。
って………切望して、いる。
「…いっ……しがみ、さ………お、ねがっ………」
その時、僕の体は勢いよく反転して、うつ伏せに組み敷かれた。
熱い僕の体でも分かるくらい、さらに熱い吐息が僕のうなじにかかる。
………あ、これ。
「琥珀くんが………誘ったんだからね?」
相変わらず、冷たい石神の口調。
次の瞬間、熱い吐息がかかったところに激痛が走る。
「ぃっ………あぁぁっ!!」
痛い……けど、僕の体はその衝撃に反応して、体がしなる。
………なんか、体が喜んでる、気がする。
これが、番になるってヤツかぁ………。
元々はベータだから、よく分からないけど。
結婚式で指輪を交換する程度の繋がりじゃなくて、体ごと、心ごと。
全部、お互いがつながった……そんな、気がした。
中から、また一気に熱くなって、石神を受け入れるように濡れて、締まって………。
石神が出したあったかいのが、僕のお腹を満たしていく。
………ホッとしたんだろうな。
僕はなんだかふわふわした気分になって、体をよじらせると、僕から石神にキスをした。
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