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第1話
-漣-
頭が悪そうだな、と思って俺は能登島 を見つめた。クラスの太陽のような、アイドルといえばアイドルみたいなやつで、柴犬といえば柴犬、とにかくそういうやつだ。頭が悪そうで誰にでも尻尾を振って懐いてしまうし、懐かせてしまう人誑し的な才が奴にはあった。何度か様々なことに巻き込まれたりもした。
「大神〜」
能登島は今日も奴と一番仲の良い大神と早い昼飯を食うつもりらしかった。ついでに席の近い俺を誘うこともある。規定の時間よりも随分と早い昼飯だった。そして食べるのも早い。何食摂る気なのか、いつも2時間置きに何か食べている。
「美潮も一緒に食おうよ!」
奴の笑顔はキラキラしてみえる。
「いや、俺は…」
「食おうよ!これ余ってるから食えって!」
半額シールの貼ってある菓子パンを見せられる。早朝バイトでもらってくることがあるそうだった。よくある蒸しパンだったが、少し焼けた手に握られたピンク色の袋が何故か特別な印象を俺に残した。流されそうになったところで呼び出しを喰らう。今週何度目だ。
「モテるね、美潮くぅん」
焼きそばパンを齧る能登島の対面にいる大神が冷やかした。
「適当に断っておいてくれないか…」
俺を呼びに来たクラスメイトに頼んだ。用件は聞かずとも、もう分かってしまう。
「ダ、ダメだろ!ちゃんと話くらい聞いてやれって」
食べてる時はおとなしいくせに能登島は口を挟んだ。大神は奴を見てへらへら笑って遅れて俺のほうを向く。大神の少し不気味な感じのする三白眼が俺を見上げるだけだった。俺は仕方なく急な呼び出しに応じた。頑張れよ〜と能登島が言った。大神の笑い声も聞こえる。気楽なものだ。
――美潮 先輩のことが前から好きで…
聞き飽きてしまった。名前と顔しか知らないだろう。俺は目立った生活などしていない。どこから嗅ぎ付けてくる?どれだけ告白して成功するのか賭けている?それとも標的を手に入れたら勝ちというゲームでもしているのか?_見知らぬ1年女子に呼ばれて今週4回目の告白を受ける。顔見知りならとにかく名前も顔も知らない相手だった。付き合ってくださいと言われ付き合うことになったとして、何も知らないところから交際がスタートするのか?お見合い結婚が主流でもないこの時世に?何を考えている?何も考えていない?この1年女子の中に俺の理解しきれないビジョンが見えているのか。俺は泣く1年女子にそう言って戻ってきてしまった。好意を押し付けられても困る。せめて名前くらい知っている相手でもないと、一方的に知られているのでは、
『気味が悪い」
『サイテーだよ、アンタ』
どこから聞いていたか、転校生に肩を掴まれて、揺さぶられる。関係ないだろ。お前には分からないだろうな。毛先が傷みまくって、日に焼けて色の抜けた髪と元々の色素が薄いのか淡い茶色の瞳が俺を睨む。泣きはじめた女の前に立って、強く強く俺を睨む。
『好きでもないのに、はい付き合いましょうとでも言えば満足か?』
俺の肩に指が食い込む。サイテーだよ、とまた言って突き飛ばし、去って行く。女を庇うならアフターケアもしていってくれないか。
『そういうことだから』
妙な正義感を振り翳しててきた転校生、能登島 礁太 。あの日から俺の視界にいる。今ではクラスのムードメーカーだ。お節介が行き過ぎている節はあるものの、あいつには1人でいたい人間の気持ちなど理解出来ないだろう。いや、理解するという概念すらないかも知れない。手前の思ったことが全て他の人にも当て嵌まっていると、考えもせず信じもせず身に染みているタイプなのだろう。考えても仕方がない。掴まれた肩を払って本を開く。人と関わりたくないのだ。なのに奴は俺を呼び、俺に絡み、俺に話しかける。今日みたいに。
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