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第2話
-夕-
「美潮もさぁ、本ばっか読まないで、たまには人の恋心を読んだほうがいいと思うんだよねぇ、オレ」
焼きそばパンを食べる礁太はまだシャイボーイの美潮きゅんのことを気にしていた。鼻にゆるキャラの絆創膏付けていて、女の子からもらったみたいだった。ファンシーなデザインの下から血が滲んでいる。ちゃんとした絆創膏のほうがいいんじゃないのかね、それ。
「大神もそう思うよな?」
「うん?うん」
でもさでもさ、礁太きゅんも他人の恋心なんて気にしてないで自分に向けられてる恋心も気にしたほうがいいと思うんだよね。
「せっかくモテんのにさ~」
「ま、美潮にとっては自分の好きな子に振り向いてもらわなきゃモテるって言わないんじゃね?」
礁太は単純だ。これ以上ないくらいに。少し残酷さまであって。だから1人で教室の片隅にいる美潮を寂しい奴だと思っているみたいだし、退屈だから本を読んでいると思っていて、恥ずかしがり屋だから喋らないと思っている。ちょっと違う視点から物を言ってやれば、新しい発見に出会えたとばかりに大きな目を輝かせる。
「美潮、好きな子いんのかな!」
ああ、そっちに食い付く?綺麗な目に星が見える。ボクが今まで見てきた何より煌めいてる感じがする。例えばの話で、多分例えになってない話。
「そりゃ、居るでしょ。この歳の男なんだから、そりゃね。好きな子くらい」
「でも、それなら、人を好きになる気持ちくらい分かるはずなのになぁ…」
ボクはへらへら笑っておいた。礁太は純真無垢だ。擦れない。美潮と同じくらい。また別の方向で。少し肩を持ち過ぎてる。妙に惚けた表情 をして焼きそばパンを食べる手が止まってる。食う・寝る・バイトを地で行く礁太が思考停止してる。良くない傾向だな。良くない傾向だ。
「礁ちゃんも誰か好きな人いんだ?」
好き人 が。礁太に。焼きそばパンの存在忘れるくらいに。日焼けしてる顔が赤くなった。分かりやすい。
「う…うん。ま、まぁ…ね…」
控えめに笑って誤魔化し切れてない。否定すると思ってたのに。もっと冷やかして訊けば良かった。つまらない。選択を誤ったボクが。
「えぇ~っ!誰だれ!」
素直に認めたってことは多分ボクの知ってる範囲じゃないし、多分ボクの知れる範囲じゃない。礁太の周りにそれらしき人もいなかった。みんなに底抜けに明るくて、みんなに優しくて、大体みんなに素直。美潮に対してだけ、ちょっと意地を張るところがある。でもボクは何も気付かないフリをして、礁太が誰を好きなのか興味を持ったふりをする。誰だっていい。誰にだって渡すつもりなんかないんだし。
「へへ、ナイショ!」
蒸しパン何にも味がしない。蒸しパン食べてたってことも忘れてた。礁太、礁太、礁太、礁太。誰にも渡さない。ボクの礁太。誰が好きでもいいよ。興味ない。でもボクは気にするふりをする。
「え~!教えろって!先輩?後輩?同い年?」
自然を装ってクラスを見回す。これといってパッとした女子はいない。マドンナは隣のクラス。
「ううん。名前、分からないんだ」
また、へへって笑った。シアワセソウな表情で。礁太。ボクの礁太。もしそいつに本気になってボクのことにも上の空になったら、ボクは屋上から飛び降りてでも礁太の意識をもらう。
「次会ったら聞いちゃえよ」
「えっとさ、この学校の人じゃないんだ。多分、ずっと年上。社会人」
「マジか!でも分かるぜ、年上っていいもんな。それに礁太って年上のお姉さんに可愛がられそうだし」
理解のあるふりをする。内心はめちゃくちゃ安堵した。次に会うことなんてもうないよ。すぐ終わるさ、忘れて、飽きて。礁太。礁太。礁太、礁太、礁太!
口元に指を伸ばす。礁太の大きな目にボクだけが映る。笑わずにはいられなかった。
「パン付いてんぜ」
ボクは言った。日に焼けているのに綺麗な肌だった。礁太は無邪気に笑った。ボクは良い友人のふりをする。ボクの礁太。笑いを押し隠せない。人受けのする笑顔に切り替える。
「さんきゅっ!」
礁太が笑う。みんなに向けている顔。でも今はそれでいい。そうじゃなきゃ困る。まだ特別になろうとしちゃいけない。まだ。焦るな。礁太、礁太、礁太礁太礁太礁太礁太。ボクの礁太。
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