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第1話

メルクマールに冬が来た。 冬になると身体が冷えて動きが鈍る。小生がイグアナの獣人で、変温動物の特徴を持つ故だ。 ここメルクマールでは獣人は珍しい存在ではない為居心地が良い。二足歩行する人と同じ大きさのグリーンイグアナの私でも、なんとか小さな宿屋を経営出来ているくらいだ。南にある故郷では、獣人は異形の存在で疎まれてきた。もっと早くに故郷を離れれば良かったとすら思う。 昨夜は殊更に冷えると思ったら、今朝になって石畳で舗装された道や連なる建物の屋根には厚く雪が積もっている。ドアを開ける際に雪で引っかかるくらいだ。 これはまずい。 客に朝食として出しているポトフを仕込み、身体を温める。何枚も服やショールを重ね厚着をして、階段下の物置からスコップを取り出す。物置には冒険者として仕事をしていた時の装備や武器も置いてある為きっちり鍵を閉める。 さて、身体がかちこちになる前に雪かきを終わらせねば。 宿屋の屋根からぶら下がる看板をはたいて雪を落とすとイグアナの絵が出てくる。自分で彫ったが中々の出来だと思う。それからザックザックとスコップを雪に差し込み、入り口の脇に積み上げていく。このような時人手が欲しくなるが、従業員を雇えるほどの余裕はまだない。ほどなくして、大型の獣人でも通れる程度には道を開けられた。 そろそろ客が起きてくる頃だ。中に戻ろう。 仕込んだポトフとパンを客に出していると、こんな会話が聞こえてきた。 「ここのポトフも美味いけどさ、新しくできた店で食ったポトフも絶品だったぜ」 「おい、聞こえるぞ」 小生は少々気になり、冒険者らしき客に声をかけた。いや、正しくはメモ帳を差し出し筆談を持ちかけた。小生は身体の構造上言葉を発することができない。 その2人が言うには、最近ギルドに併設された"苔庭のイタチ亭"という居酒屋が中々の評判だと言う。ポトフだけでなくキッシュや三本角鹿のカルパッチョも名物らしい。 小生はますます興味が湧き、客が寝静まった真夜中に覗いて見ることにした。

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