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第7話
その後は、フェヌアを静かに休ませてやった。
階下に降りていくと、バジルもカモミールもおらず、診療所に連れて行くと書き置きが残してあった。ほどなくして、カモミールだけ役人を連れて戻ってきて何があったのか聞いてきたが、もう心配はないと濁した。カモミールは何か言いたげだったが、それ以上追求してこなかった。役人もこんな夜中に揉め事は御免だとばかりにさっさと帰ってしまった。
翌朝、フェヌアは宿代だけ残して姿を消していた。役人がやって来たからだろうか。
小生はフェヌアに何もしてやれなかったことが口惜しかった。彼は何もかも1人で呑み込んで去ってしまった。
だが、感傷に浸る暇などなかった。
様々な人種や職種の者が集うこの街では出会いも別れも詮ない事だ。それに、バジルは小生が引き取ることになった。人手も欲しかったところだから丁度いい。小遣い程度しか給金を払えなかったが、毎日ビクビクしながら過ごすよりは遥かにマシだとよく働いてくれた。
そのうちサフランという少年も加わって、ますます賑やかになった。バジルはサフランに「兄ちゃん」と慕われ、どこか翳りがあった表情は段々明るくなっていった。
2人の仲睦まじい姿を見守るのは微笑ましく、冒険者を目指して鍛錬場に通う姿は眩しかった。親とはこんな気持ちになるのだろうか。
太陽のような明るさを持つ2人の少年を見ていると、ふと月の輝きを宿したあの少年を思い出す時がある。
彼はどうしているのだろうかと。
サフランとバジルが寝所に入り、客が寝静まった後、ストーブに燃料を足しながらそんな事を考えていた。
安楽椅子に腰掛けキセルに火をつける。バニラに似た甘い香りが口内を満たす。
それよりもなお甘い歌声が微かに聴こえた気がした。
窓の外に目をやる。
彼の瞳に似た満月が白く輝いていた。
end
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