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第6話

「待って」 静かな声が、この場に染み渡った。沈黙が訪れる。 「僕が相手してあげますよ?」 男は上から下までフェヌアを視線で舐った。 どす黒い目が欲望に染まっていく。 カモミールはフェヌアを止めようとしたが、男に突き飛ばされた。 小生がカモミールに手を貸している間に、フェヌアは厚い唇を蠱惑的に緩く開き、男に口付けた。甘えるように首に手も回す。男は暫し口付けを堪能した後、フェヌアの腰を抱き二階に上がっていった。 フェヌアの長い睫毛から月の色が覗く。不吉に輝いているように見えた。 捕食者は、彼の方ではなかったのだろうか。 その予感は当たった。 男の悲鳴が聞こえてきた。闘牛の獣人は二階に猛然と駆けていった。小生も続く。 カモミールも付いてこようとしたが、バジルを診るよう頼んだ。 二階に上がると、すべて終わった後だった。 開け放たれたドアの中を見れば、天井までみっしりと何かが詰まっていた。よくよく見れば、真珠色の鱗が生えている。それがトグロを巻き、その先端には巨大な蛇の頭があった。口の端から足がはみ出ておりバタついていたが、やがてバキバキと木の枝を折るような音と共に、太い身体の中に飲み込まれていった。肋骨と強靱な筋肉が獲物を粉砕する音だ。不思議と恐ろしくはなかった。 これはフェヌアだと直感していた。 月白の瞳と目が合う。不吉に輝く瞳も鱗も悪夢のように美しい。蛇の身体は縮み始め、やがて褐色の肌の美少年となった。小生はここにきて目を逸らしてしまった。フェヌアは、一糸纏わぬ姿だったからだ。 「・・・嘘を吐いて、ごめんなさい」 フェヌアはしゅんと俯いた。 「マオリさんに嫌われたくなかったんです」 小生は目を見開いた。フェヌアも、小生と同じように考えていたのだ。自分の正体が分かれば、拒絶されてしまうのではないかと。 小生は躊躇いなくフェヌアの手を取った。自分も獣人だと告げる。 フェヌアは最初から分かっていた、と微笑んだ。 そして、恐ろしくはないのかと聞く声は、微かに震えていた。 小生はイグアナだ。同じ爬虫類を恐れてどうする。そんな事を告げれば、フェヌアは薄く笑って、触れてもいいか訊ねてきた。 承諾すれば、剥き出しの素肌のまま抱きついてきた。瑞々しく柔らかさを持った手が、分厚い皮膚をなぞり、頭頂から背中にかけて生えたとさかを撫でる。硬い鱗のある顔に柔い頬がすり寄せられる。それから接吻するかのように鼻と額を合わせてきた。故郷の挨拶だ。そのまま深呼吸をするのは、お互いの魂を共有し交換する意味合いがある。フェヌアの息吹と乾いた砂のような匂いは砂漠に吹く風を思わせた。 額と鼻を付けたまま抱擁し、互いの息遣いを感じる。 それは小生達にとって、接吻よりも性交よりも深い繋がりを感じさせる行為だった。

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