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第58話 弾けた火花

 旅館のエントランスからすぐに浜辺に繋がっていて、少人数のグループがぽつんぽつんと等間隔を開けて、思い思いに花火を楽しんでいた。  シューッと音を立てて赤と金色の縞々模様の先端から火花が勢いよく砂浜に降り注ぐ。  同じ浴衣の人もいれば、違う浴衣の人もいた。この辺り一帯が、立ち並ぶ旅館のプライベートビーチみたいになっているのかもしれない。 「俺たちが昼間泳いでたのって、あの変かな」 「んー、たぶん」  真っ暗だからわからないけれど、点々と連なっている光が大きく弧を描いて海岸線沿いをなぞっている、その光の切れる辺り、たぶん岬のようになっていて折り返して向こう側の海岸へと繋がっているんだろう。 「けっこう遠くまで行ったもんね」 「う……ん」 「ナオ、次の花火」 「あ、うん」 「色が変わるやつだって」 「……ホントだ、わっ、色が変わった」 「すげーキレーじゃん」  ――見て見て! ナオ兄ちゃん!  ――うん。  ――ナオ兄ちゃん!  子どもの頃、毎年夏になるとあの細長い公園で花火をしていた。たまにご近所さんも同じタイミングでやってたりすると、同年代くらいの子どもがいるうちが多かったから、ちょっとした花火ピクニックみたいになって楽しかったっけ。生真面目な父さんもあの時だけはビールを家から持ってきて、外で一杯飲んでいた。なんだか、それが楽しかった。 「ね、ナオ、覚えてる? 前にさ、近所の、ショウタが」 「っぷ、あれ、ビビった」 「大騒ぎだったっけ」  うん。大騒ぎだった。手持ち花火の中に、線香花火みたいなタイプのがあって、紙紐の先端に花火がぶら下がっていた。それをご近所にいたショウタっていうヤンチャな奴が踊りながら持っててさ。火が服に移って大騒ぎになったんだ。幸い、一瞬で火は消せて、服はぽっかり穴が開いてその切れ目が焼け焦げていた。でも、本人の腹は中に着ていたタンクトップのおかげか無事。もちろん、両親にはめちゃくちゃ怒られていた。前髪もチリチリに焦げちゃって。 「親に叱られてる時よりも、翌日の坊主頭に泣いてたっけ」 「そうそう、あれマジでウケた。あ、俺、これ次にやる」  カズが手に取ったのはネズミ色をした火薬がポッキーみたいにくっついてる花火。 「ぁ、俺もそれやりたい」  昔からこれが一番好きな花火だった。彼岸花みたい。パチパチパチパチ。火花が踊っているように、花のように散るのが綺麗で。他にも色々。  音ばかりがすごい花火に驚いて、一瞬で終わっちゃった期待外れ花火には二人で苦笑いを零して、シューシューと勢い良く流れる火花たちに見惚れて、笑って、振りかざして。 「キレー……カズの、なんか長くない? まだ火が消えない」 「……うん」  あっという間だった。  いつもそう。  二人で、花火の長さ比べをしてみたり、手に花火を持ったまま走り回ってみたり。あと、二人で一つの花火に灯った火を絶やすことなく、繋げていったり。そんなことをしていると、いつだってあっという間に終わってしまう。  まだまだ花火がしたいのに、気が付けば線香花火しか見物していた母さんの手元にはなくなっていた。  ――えぇ! もう終わり?  また次の時にね、そう言われて、遠慮がちな音しか出さない線香花火に渋々手を伸ばすんだ。 「あとは……線香花火」 「え? もう?」 「うん。はい、カズ」 「ありがと」  楽しいことはあっという間に終わってしまう。その楽しいことがカズとだったら、あっという間どころか、本当に瞬く間に終わっちゃうんだ。 「これも時間比べする?」 「いいよ」 「オッケー、そしたら、はい、これ、ナオのね」 「うん」 「よーい……」  ――楽しんでよ。せっかくだから。  そう言ってくれたあの海の人に、俺たちはどう見えたんだろう。 「あれ? これ、火付かない。ナオ待ってよ」 「カズ」 「んー?」  学生の男二人旅? 友だち? それとも――。 「あ、ついた」 「ね、カズ」 「んー?」 「キス、しよ」 「……」  恋人同士に見えただろうか。 「ナ……」  ただの。 「カズ……」  恋人同士に見えたらいいなぁって、そう、願った。  線香花火はそんなに好きじゃない。火花は小さいし、どんどん膨らむあの火の雫はドロリとしていそうで、綺麗どころか、生々しいとずっと思っていた。いやらしいなぁって。  合わせて十本入っていた線香花火を五本ずつで勝負をした。火の雫を先に落っことしたほうが負けの長さ比べを五回。  勝ったのはどちらなんだろう。  わからない。 「あぁっン、カズっ」  火の雫が膨らんでいく度にキスをしていたから。落ちた瞬間も夢中になっていたのは互いの唇だった。  線香花火は火花が小さくて、退屈だったけれど、今の俺たちにはよく合っていると思った。二人でしゃがんでくっついていないと僅かな風でも消えてしまいそうな小さな炎。その炎の明かりはとてもとても小さくて、周囲の闇にすぐに溶け込んでしまうから、キスをするのにちょうどよかった。 「はぁっ……ン」  甘い甘い声が部屋に響く。 「くぅ……ン」  花火は夜の十時までだっけ? まだ、外からは花火を楽しむ人の声がわずかにだけれど聞こえてきてる。 「あっン」  外で夏にはしゃいでる。 「あぁぁっン、や、だぁ、ぁ、吸うの」  きっと俺たちも夏にはしゃいでる。  さっきしたのに。海で遊んで、火照った身体をお互いに抱き締め合いながら、あんなに激しくセックスしたのに。 「カズ、ぁ、ン」  また、これからセックスする。 「はぁあっ、ン」  脚をはしたなく開いて、そこに顔を埋めて、ナオの口の中でペニスを可愛がられる度に腰が揺れる。カズの髪をくしゃくしゃに乱しながら、熱い舌にそそり勃つペニスを擦り付けて、甘く啼いて、またもっと大胆に脚を広げて、また喘ぐ。 「浴衣乱して喘ぐナオ、エロい」 「ぁっ……ン」 「気持ちイイ?」  ペニスの先端にキスされた。きっと雫が零れそうだったんだ。 「あっンっ」  コクンと頷いて、腰紐が絡みつくように乱れた浴衣のまま、起き上がった。そして、今度はカズの逞しい腹筋に齧り付きながら押し倒す。  次は、俺の番。 「すごく、気持ち、イ……よ」 「……ナオ」 「カズの舌、真似してあげる」  腹筋に噛み付いて、舐めて、そのままカズの下着をズリ下げた。ぺちんと頬を叩く硬くなったペニスの先端にキスをして、ずぶずぶと唇で咥え込んでしゃぶりつく。 「ンっ……ふっ」 「っ、ナオ」  熱くて硬いペニスを口いっぱいに頬張ると、また、自分の身体が熱くなって、ドロリと濡れたのを感じた。

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