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第1話

私は高校の国語教師だ。眼鏡ときっちりと上から下まで着こなされた乱れ1つないスーツは真面目という一言に尽きる。気が弱いせいか、生徒になめられっぱなし。授業中の私語も注意もうまく出来ないのだからあたりまえだ。 そんな私の一番の悩みは、あるクラスの授業中に感じる視線――。 教壇に立っているので視線には慣れているが、“普通”の視線ではないのだ。 その視線は2年生の人気者の一人である石田からだと最近になって分かった。 なぜ、そんなに彼は私を見るのだろうか。石田はかなりの成績優秀者であるため、まともに授業もできない教師への怒りから、などマイナスの事ばかり考えてしまう。 そんな事を考えていると授業終了のチャイムが鳴った。 「今日は此処までです。書き終わった人から終わってください。」 私は逃げるように教室から立ち去った。あの視線は苦手だ。 どのような感情なのか、私には分からない。分からない事には恐怖を感じるのがヒトという生物だ。 だから、と言って知りたいとは思えなかった。 「先生。」 戸に手をかけた瞬間、誰かに呼び止められた。 体がビクリと跳ね上がる。私は恐る恐る振り向くとそこには石田の爽やかな笑顔があった。 この時の私の顔は引きつっていたに違いない。 「…どうかしましたか、石田君?」 私は動揺を見せまいと、無理やり作った笑顔を石田に向ける。 多少、ぎこちないものになってしまったが、大丈夫だろう。 石田は私より背が高い。そのため私が不本意ながら石田を見上げるような形になる。 「わからない所が有ったんで、放課後に教えて貰ってもいいですか?」 私は何かしらの言い訳をして逃れようとしたが断る前に石田は行ってしまった。 頭の良い石田が分からなかった場所が私にも分かるだろうかという心配もあった。 私は職員室に戻り、大きなため息を吐いた。 石原は嫌いではないけど、あの視線は嫌だ。何というか、怖い。 これが、初めてではない。以前にも石田から質問され、放課後に二人っきりで教えたが、やはり、あの視線を向けられた。その時は、友達を誘ったらどうだ、と提案したが集中出来ないと断られてしまった。 「どうしたんですか、真島先生。」 数学の星野先生が私の肩を叩く。星野先生は私と仲良くしてくれる先生だ。同期で私と対照的に生徒から好かれている先生で容姿も中身も男前でから女子生徒に人気がある。正直、うらやましい。私もよく相談に乗ってもらっている、信頼できる先生だ。 「いえ、石田に勉強を頼まれたのですが…私なんかで務まるかと…。」 心配な事は他にもあるが、正直に話すことはできない。 私がそう言うと星野先生はにっこりと笑って、私の机の上に珈琲が入ったコップを置いた。 自分のを淹れるついでに持ってきてくれたらしい。珈琲の良い香りが気持ちを落ち着かせてくれる。 「真島先生なら大丈夫ですよ。俺が保証します。」 「はは、ありがとうございます。」 愛想笑いを浮かべて礼を述べる。星野先生は私の事を過大評価しすぎだ。 少し元気は出たような気がする。 「じゃあ、俺は授業があるんで。」 星野先生は珈琲を飲みほすと教科書を持って教務室から出て行った。星野先生の言葉で少し自信が持てたが、やはり不安が胸に広がるばかりであった。 授業はなかったが、小テストの採点やらプリント作りに追われて、すぐに放課後になった。 重い足取りで教室に向かう。あまり気が進まないが仕方ない…いざとなったら、理由をつけて逃げればいい。

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