32 / 32

それでも。10

あの後俺と一ノ瀬はそこそこに飲んでいたが、途中、一ノ瀬が舟を漕ぎ始めたのでお開きとすることにした。 「ほら一ノ瀬、起きろ帰るぞ」 「ぅーん」 寝ぼけ眼でモタモタと支度をする一ノ瀬の世話を焼きながら、店を後にする。 会計は俺が済ませた。 後で請求しよう。 フラフラと覚束無い足取りの一ノ瀬の腕を自分の肩に回し半ば抱えて歩く。 「ほら、ちゃんと歩けー」 「んー」 そういえば昔もこんな事があったな……。 なんだか懐かしい。 確かあの頃はおぶっていたっけ。 高校の頃、何人かの男女でカラオケに行った時のこと。 俺は乗り気では無かったが、一ノ瀬が行くというので着いて行った。 最初は皆と騒いでいた一ノ瀬だったが、騒ぎ疲れたのか後半は眠ってしまっていた。 今日のように中々起きないので半覚醒の一ノ瀬を背中に背負って帰ることになったのだ。 あの頃はまだコイツをおぶっても余裕だったのに、今はそれをするのは難しそうだ。 背はまだ俺の方があるようだが、一ノ瀬も成人した男だ。簡単にはおぶれないだろう。 昔を懐かしんでいると、丁度良さそうなベンチが目に付いたので、そこで休憩することにした。 この酔っ払いをタクシーに詰め込んでも良かったが、住所も知らないので諦めた。 それに、風に当たっていれば酔いも醒めるだろう。 俺はベンチに腰掛け、仕方なく一ノ瀬に膝を貸してやった。 硬いベンチの背もたれよりはマシだろ。 酒で火照った頬を風が撫ぜる。 それが程よく冷たくて心地好い。 一ノ瀬の髪を撫でる。 前髪の下りた額を髪を梳くように撫でる。 静かだ。 辺りには誰も、何もいなくて。 偶に鳴く虫の声と、微かに聞こえる一ノ瀬の寝息。 髪を撫でながら、この穏やかな時間がずっと続けばいいのに、そう思った。 「……うぅん」 一ノ瀬が唸るので起きたかと思い、手を引っ込める。 「……一ノ瀬?」 声を潜めて様子を伺う。 「……マキちゃ、ん……」 一ノ瀬の口から零れた名前にハッとする。 幸せそうに弛む口元。 寝言、か。 俺は馬鹿なのだろうか。 こんな時間が続けば、など馬鹿げたことを。 コイツには彼女がいる。さっき散々聞かされたじゃないか。しかも結婚を考えている。 俺の恋は初めから負け戦。 告げるつもりのない恋。 解っている。自分で決めたことだ。 それでも、好きでいることは、親友でいることは許されるだろうか……。 「寒ぃ……」 冬も近づく夜。 酔った身体に心地好かった風は 今は俺の身体も、心にも冷たく吹いていった。

ともだちにシェアしよう!