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『ハロウィン』side大和
これは、触れてもいいのだろうか?
そう頭の中で問いかけてしまうほど、俺はもう自然には振舞うことができない。
どうすれば「普通」で、どうしたら「普通じゃない」のだろうかと、そんなことばかりを考えてしまう。
当たり前にできていたことが、思い出せない。
何も考えずに行動することが、怖くてたまらない。
自分が自覚してしまったこの気持ちを、気づかれてしまったら……そう思うと、俺の反応はワンテンポ遅れ、おかしな間を作り出す。それでも——
「どうかした?またどっかいっちゃってる?」
そう言って小さく笑う伊織 が俺に向ける視線には何かを疑うような色は見えない。そのまっすぐな視線は、俺をホッとさせると同時に落ち着かない心地にもさせる。
「あー、いや、ごめん」
「大和 のその突然トリップしちゃうクセ、俺、普通に心配なんだけど」
視線を逸らしても、伊織の小さなため息はしっかりと俺の耳に届き、覗き込むように傾けられた顔は俺の視界の端にしっかりと映り込む。
「あー、ごめんて。で、なんだっけ?」
「はぁ、ほんと大和は俺の話聞いてないよね」
先ほどよりも大きなため息をついた伊織が、くるりと俺に背を向け自分の頭を指差す。
黒いマントの裾がふわりと円を描き、壁に立てかけられた姿見が伊織の不満げな表情 を映した。
「だから、コレ、外すの手伝ってよ」
およそ男子には解読不能なほど複雑に髪を編み上げられた伊織がマントの紐を解きながら鏡越しに俺に視線を向ける。
「はぁ……なんでこんな面倒くさいことになってるんだよ」
俺はため息をつき返すことで速まる心臓を押さえ込み、覚悟を決めて手を伸ばす。色素の薄い伊織の髪の中で派手な色をして目立っているピンを外していく。
「だって、どうしてもって言われたら、断れないじゃんか」
伊織が手にしたマントを乱暴に足元に落とし、首元のリボンの先を引っ張る。
「だからみんな調子に乗るんだろう」
「それでみんなが楽しいなら、俺はそれでいいし」
「でたよ、伊織のお人好し。後で手伝わされる俺の身にも……、」
指先をするりと流れる伊織の髪は細く柔らかく、自分の髪とはあまりに違う感触だったため、俺は反射的に手を引っ込めてしまった。
「痛 っ」
「あ、ごめん」
伊織の毛先を挟んだままのピンが俺のシャツのボタンに引っかかっていた。
「もう、髪抜けたらどうしてくれるんだよ」
「ごめんて」
俺がボタンに絡まったピンを外すと、癖のついてしまった伊織の髪がふわりと柔らかな香りを残して戻っていく。
「!!……伊織さ、なんかつけられた?」
「なんかって?」
「なんか、女子みたいな匂いする」
「は!?そんなわけ、」
思わず手の甲で鼻を押さえた俺に、怒りながら振り向いた伊織は何かに気づいたのか、突然表情を変えた。
「……」
「伊織?」
顔を俯けた伊織の耳が真っ赤になっている。
「……なんでもない」
「?」
顔を覗き込もうとした俺を振り切って、伊織は再び俺に背を向けた。
「俺、お腹空いてるんだから、早くしろよな」
「ハイハイ」
下を向いたままシャツのボタンを外す伊織の表情を鏡で見てしまった俺は、速くなる心臓の音に気づかないフリをして、どうにか伊織の髪を解いた。
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