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『ハロウィン』side伊織

 放課後、俺は演劇部の女子に囲まれた。 「絶対似合うから!だから、お願い!」 「伊織くんの仮装姿、どうしても見たいの!」  体育祭も文化祭もこうやってお願いされてきたので、予想はしていた。 「うん、いいよ」  面倒だなとは思う。複雑に編み上げられた髪からは驚く量のピンが出てくるし、薄く施されている化粧だって簡単には落ちないことを俺はすでに知っている。  いくらキレイに着飾ったところで、俺が男であることに変わりはないし、こんな格好を見せたところで何かが変わるわけでもない。  それでも……頭の中に浮かぶのは、呆れたように小さくため息をつきながらも、恥ずかしさを隠すように笑うあの顔なのだ。 「あ、そうだ!伊織くん、これもつけていい?」 「?」 「これね、今、女子の間で流行ってるんだ」  そう言って天井に向かって吹き付けられた飛沫がゆっくりと降りてくる。  細かな冷たさが肌に触れると同時に甘く柔らかな香りに包み込まれる。 「香水?」 「そう、その名も『気になる異性を虜にする香り』っていうの」 「!」  それって……  いつものあの顔が、今日はもう少し違って見えるだろうか?  見慣れたドアの前、小さな頃から何度も押してきたチャイムを、そっと息を吸い込んでから押す。 「はい」  そして、ドアを開けた大和に俺はとびきりの笑顔で言ってやる。 「トリック オア トリート!」 「……お前は、またそんな格好を」  そう、俺はその顔が見たかったんだ。

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