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第1話 DKとインキュバス・16

 天和が住んでいるのは学校近くにあるワンルームのアパートで、実家は飛行機を使わなければならない距離の場所にあるとのことだった。  個人的な事情から小学校高学年の時に家を出て、都内にある親戚の家で暮らしていたらしいが……高校進学と同時に親戚の家も出ることになり、一人暮らし三年目だそうだ。  家を出た理由も特に悲惨なことがあった訳ではなく、親戚一家も良くしてくれていたという。だから多分、単純に自由な奴なのだ、鬼堂天和という男は。 「狭いけど綺麗にしてるんだな」 「自分のテリトリーが荒れるのは許せねえんだ」  九畳の部屋にはベッドにソファもある。マカロをベッドに寝かせてもらい、俺は天和から受け取った烏龍茶のボトルに口を付け、ほっと溜息をついた。 「……ありがとう、助けてくれて」 「あいつら四人共、普段と全然違う顔付きになってた。炎樽のケツ掘る目的だけで、あんなに人が変わるとは思えねえ」 「………」 「いきなり現れたピンクのそいつの説明も聞きてえ。初めは俺達とそれほど変わらない男だったのに、何で今はガキになってる?」  信じてもらえるか分からないし、匂いだのフェロモンだのの経緯を説明するのは恥ずかしい。どう言ったら良いのか迷った挙句、俺は素直に打ち明けることを決めた。天和は俺を助けてくれたのだ。 「………」  昨日の出来事をそのまま伝え、ステッカーで匂いを封じたことや、それを剥がされたためのフェロモン大爆発の流れなど、隠さずに全てを天和に説明する。  天和は無表情のまま床に座って腕組みをし、終始黙って俺の話を聞いていた。 「……だから、あいつらが俺の匂いを嗅ぎつけて来たってことで……天和が助けてくれたから無事で済んだけど」 「俄には信じられねえ話だな。俺にはその、お前が持ってる匂いってのが分かんねえし」  無理もないけど、これ以上説明のしようがない。俺だってよく分かっていないし。  マカロに直接話してもらうしかないと思ったその時、天和が眠っているマカロに視線を投げて言った。 「信じられねえ──けど、こうして見ちまったからにはこれが事実なんだろ。お前が騙されてるんじゃなきゃ、嘘つく奴じゃねえしな」  いつでも怒っているようなテンションの低い声とおっかない顔と取り巻く噂のせいで、俺の中での天和の評価はかなりマイナスを下回っていたけれど…… 「こいつが炎樽を守ろうとしていた気迫は、伝わってきてたしな」  ちゃんと向き合って話してみると天和も、案外良い奴なのかもしれない。 「で、今はお前らのいう『匂い』ってのは収まってるのか? さっきはヤバかったんだろ」 「た、たぶん大丈夫だと思う……さっきは倉庫の中がヤバそうなピンクのモヤでいっぱいだったし、俺も変な気分になってたから。……お、お前のせいで」  思い出して赤面し、俺は一息に残りの烏龍茶を飲み干した。  俺のフェロモンな訳だから、俺の体調や感情にも多少効果が左右されるはずだ。いつでも冷静無欲でいられればいいのに、これも人の煩悩というものなんだろうか。

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