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第8話 男子高校生の夏休み・3

 ようやく掃除が終わった頃には、夏にもかかわらず空が暗くなっていた。群青色を薄めたような色の空にはちらほらと星も出ていて、別荘がある丘の上から見える海は神秘的に輝き、とても綺麗だった。 「はあぁ、疲れたけど気持ちいい!」  思い切り伸びをして新鮮な空気を肺に送り、大きく吐き出す。隣では天和がサイダーの瓶をあおり、「ぷは!」と心地好さそうに笑っている。 「なあ、炎樽。海行けるかなぁ?」 「今日はもう暗くて危ないから、明日だな。マカも腹減っただろ、飯にしようよ!」  電気もガスも水道も使えるから、持ち込んだ食材で料理はできる。キャンプじゃないけどカレーでも作って、外でみんなで食べてもいい。 「天和、カレー作ろう。思いっ切り辛いのがいい」 「そんじゃあ、夢魔組はマーケットで食後のデザートでも買って来いよ」 「クソ、夢魔使いの荒い人間め……」 「サバラしか運転できないからね」  買い物メモと財布だけを持った二人が車で道路に出たのを見送ってから、すぐに天和が俺を抱き寄せてきた。 「………」  静かな庭に灯る明かりと、熱くなった肌を冷まして行く夜風。肩に乗る天和の手の重みすら何だか嬉しくて、俺は素直に彼へと寄り添う。 「春からずっと慌ただしかったから、こんな風に天和と過ごしてるって何か不思議な感じ」  始めは怖くて仕方がなかった天和の意外な真面目さや男気、エロいけど俺を気遣ってくれる優しさ、ふいに見せる凛々しい横顔。  少しずつ一つずつ、天和の良い所を見つける度に俺の心が温かくなっていく。 「炎樽」 「うん?」  その低い声も、 「あいつらがいねえうちにここでヤッとこうぜ」  そのド直球な物言い、も……? 「なっ、何考えてんだよっ! できるわけないだろ!」 「せっかくだし青姦してえんだけど」 「こ、こ、……この馬鹿っ!」  せっかくのムードが台無しだ。俺の青臭い素直な気持ちを返せと言いたくなる。  今時の高校生ってそんなモンなのか? 俺の考えが硬いだけなのか? このくらいみんな普通なのか? 「とにかくそれは不衛生だし、見られたら捕まる恐れもあるのでできません」  天和の肩を押してその手から逃れ、俺は庭に出されていたデッキチェアへ溜息と共に腰を下ろした。 「天和も座って、ジュース飲んでゆっくりしようよ」 「チッ」 「い、今舌打ちしただろ!」  そうして買い出しから帰ってきたマカロ達が、睨み合う俺と天和を見て「何があった!」と慌てることとなったが──カレーも美味かったし、星空は綺麗だし、眠くなるまで四人でトランプもできたし、旅行の第一目としては概ね充実した夜を過ごすことができた。  翌日も空は真っ青で、開け放たれた窓から入ってくる爽やかな風と潮の香りで目が覚めた。 「……いてて、流石に雑魚寝はキツい」  昨日の大掃除の疲れもあって早々に寝込んでしまった俺達。見下ろせば俺以外の三人はリビングの床で大いびきをかいていた。いつの間に寝落ちしてしまったのか記憶がない。三人それぞれ手にトランプのカードを持ったままで、何だか殺人現場のダイイングメッセージみたいだ。  俺は洗面所で顔と歯を洗ってから、七月の日差しがさんさんと降り注ぐ庭へと出た。 「気持ちいい……!」  空も海も果てしなく青く、遠くの方ではサーフィンやヨットを楽しむ人達の姿も見える。今日はマカロのたっての希望で、海でめいっぱい遊ぶ予定だ。 「炎樽ー、おはよー……」 「おはよ、マカ。寝癖で更に頭が爆発してるぞ」 「炎樽、昨日天和とセックスしてない?」 「な、何だよ急に……してないけど」  うー、とマカロがピンクの髪を掻き毟って首を傾げる。 「最近、炎樽からいい匂いしなくなってる気がして」 「え? 臭いってこと?」 「違う。フェロモン薄れてるって気がする」  俺は目を丸くさせてマカロを見た。自分では気付かない「匂い」だけど、確かに思い返してみれば体育祭の日以降、三年に追い回される頻度も減ったような気がしていたのだ。それは単純に天和があの日、リーダー格の岡島に釘を刺してくれたお陰と思っていたけれど…… 「天和に抱かれて男を知ったから、匂いも落ち着いてきたのかな」 「……うーん?」  よく分からないけれど、例の匂いが消えて男達のターゲットで無くなるならばそれに越したことはない。フェロモンがなくなると言われると、何だか残念男子への道一直線て感じもするけれど……俺には天和がいる。あんな野蛮な奴らに狙われるくらいなら、フェロモン皆無の地味男子でいた方がずっといい。 「それよりマカ。みんなを起こして、朝飯食ったら海に行こうよ」 「おう!」

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