「マ、マカ……お前、その腹」 「……握り飯食い過ぎたのか？」 　保健室に戻るやいなや、炎樽と天和が同時に箸から唐揚げを落として俺の膨らんだ腹を見た。 　胎児の成長が早いのは分かっていたけれど、まさかここまで急ピッチで腹が膨れてくるなんて。着ていた体育着も腹の上で止まってしまい、これ以上はどうやっても下がらないくらいに大きなお腹だ。 「ほ、炎樽。天和……。俺、俺実は、……」 　両手の人差し指を合わせてもじもじしていると、サバラが俺の肩を抱き寄せて二人に言った。 「俺達は愛ある交尾に励んだ結果、子を成し、この度正式な番いとなった」 　炎樽が茫然と俺を見ている。無理もないけど、全く意味が分からないといった様子だ。 「サ、サバラとの赤ちゃんできた」 「だって……マカ、男なんじゃないのか？」 「今だけ、お腹の中が女の人になってる。俺も自分でどうやったのか分かんないけど……」 　ますます訳が分からないという顔をして、炎樽が天和に視線を向ける。天和はいつもの無表情でじっと俺を見ているだけだ。 　だけど──しばらくの沈黙が続いた後で、炎樽が弾けるような笑顔になって立ち上がり、俺の手を握ってくれた。 「良かったな、マカ！　おめでとう！」 「え？　あ、ありがとう炎樽……」 「子供が生まれるなら色々準備しないとな！　ベビーベッドと、哺乳瓶と、ロンパースとおしめと……涎掛け、それからオモチャか！」 　まるで自分のことのように、炎樽の目はキラキラと輝いている。 「母さんからも子育てについて教えてもらわないとな。あああ、身内に赤ちゃんなんて初めてだからすっげえ楽しみ！　万歳！」 　予想外にも大喜びの炎樽の横で、天和が肘をついた手に顎を乗せながら言った。 「お前らだけで子育てなんかできんのかよ？」 「へへ。サバラはともかく俺は頼りないから、ちょっとだけ獄界に帰ってまたすぐ戻ってくるつもり。出産方法も特殊だから、人間の病院じゃできないしな」 「そ、そっか。マカがいなくなるんじゃ寂しくなるな……」 「大丈夫だよ炎樽」 　俺は剥き出しの腹を撫でて目を閉じ、微笑んだ。 　早く皆に会わせてあげたい。炎樽のおにぎりを食べさせて、天和のカッコよさをその目で見てもらいたい。 　早く会いたい。俺とサバラの子。 「それじゃ、サバラはどうするんだ？」 　炎樽の問いに、サバラが髪をかき上げて言った。 「俺は子供のためにもこの世界で金を稼がないとならないし、マカの留守中は俺が炎樽くんを守るという任務もある。今まで通り、自分の仕事をするさ」 「……サバラ。俺がいない間に炎樽にイタズラしたら、地獄に落とすからな」 「何を言う、俺がそんなことをすると思っ──」 「ついさっき俺にイタズラしたのは？　人間に変身して俺にイタズラしたのは？　その結果勢いで孕ませたのは？」 「……わ、悪かった」 　肝っ玉母ちゃんだな、と天和が呟いて笑った。 　炎樽が俺の体をそっと抱きしめ、優しく、何度も頭を撫でる。 「マカ、頑張ってな。俺いつでも待ってるからさ。マカがいない間はサバラや天和の世話になるかもしれないけど、俺自身もちゃんと頑張るから。お前に負けないくらい頑張るよ」 「炎樽……」 「ありがとうな、マカ。お前が俺に色々なものを引き寄せてくれた。ありがとう……、ごめん、何か感極まって、泣けてきて……」 　俺のピンクの髪に鼻先を埋めながら、炎樽が肩を震わせている。俺は伸ばした両手で炎樽の背中を抱きしめ、大丈夫、と安心させるように囁いた。 「泣かなくていいよ炎樽。……たぶん明後日くらいには生まれるから、学園祭には間に合うと思う。何日か会えなくなるだけ」 「……へ？」 「そしたらさ、炎樽に一番に抱っこさせてやるからな！」 　涙でぐしゃぐしゃになった顔の炎樽が、口をぽかんと開けて真正面から俺を見つめる。 　同じように茫然と俺を見つめる天和が、「ていうか」と小さくつぶやいた。 「……お前らって、孕んでからどのくらいで産むんだ？」 「えっと、三日くらい？」 「はっ、は、早ええぇぇぇ───ッ！」 　耳元で炎樽が叫び、危うく鼓膜が破れそうになった。早いって、産むのが早いってことか。そんなに驚くようなことなのだろうか。 「じゃ、じゃあ人間は産むまでどのくらいかかるんだっ？」 「十月十日だから、えっと……」 「とつきとおか？」 「二八〇日くらいか」 「おっ、お、遅せえぇぇぇ───ッ！」