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第1話
「あき」
誰かが自分を呼ぶ声がする。目線を上げると目の前の少年がじっと自分を見つめていた。
これはきっと夢なのだろう。それか、遠い昔の懐かしい思い出。だって彼がこんな優しい声で僕の名前を呼ぶわけがないのだから。いや、昔は呼んでくれていたっけ。でも、それも昔の話。
「あき。どうしたの?」
「なにが?」
「泣いてるよ。何で泣いてるの?」
少年に言われて初めて自分の目から涙がこぼれていることに気づく。慌てて頬をこすって涙を拭く。
「ほんとだ」
「どこか痛いの?」
ううん、と返事をする。それを聞いて安心したのか、少年の顔に柔らかい笑みが浮かぶ。
「ねえ、これは夢だよね?」
「あき、なにを言ってるの?」
少年は僕の質問にちゃんと答えてくれない。そのまま笑って、
「ほら、帰ろう」
そう言って彼は手を伸ばしてきた。
なにも言わずにその手を取る。少年はそのまま前を向いて歩き続ける。連れられるまま一緒に歩く。
「今日はね、お母さんがおやつにみかんを用意してくれたんだ」
「みかん?」
「そう、あきと一緒に食べなさいって。お母さんがね、あきと僕は本当に仲良しだって。だから仲良しのあきにもみかんをあげてねって」
そう言うと彼は嬉しそうにこちらをチラッと見てくる。
「ねえ、あき。あきは僕のこと、好き?」
僕の手を握ったまま、彼はそう尋ねてくる。
「うん、好きだよ」
「良かった、だって僕もあきのこと、大好きだから」
彼はそこで一度口をつぐむと、こちらを振り返る。
「……ねえ、世界中で一番仲良しなのは、君と僕だよね?」
そうだよね?と同意を求めてくるように少年が自分を見つめてくる。だけど、何故かとっさに返事ができない。
その時、目の前がピカッと光った。
数秒遅れて、耳を擘く轟音。地面が振動で揺れる。
「わっ、雷だ」
少年は一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐに平常を取り戻す。
だけど僕は違う。
僕は雷が大の苦手だ。
ひゅっと喉がなる。思わず耳を塞ごうとして、彼の手を離す。
間断なく閃光が視界を奪う。恐ろしい雷鳴が轟き、地面が引き裂かれそうだ。
怖くて怖くて、ついにその場にうずくまる。
目の前を一段と強い光が覆う。即座に鼓膜を破くような轟音が体を駆け巡った。地面がピシッと音を立てた。足元にすうっと亀裂が入るのが見える。
「あき、手を、」
雷が落ちたせいだろうか、少年と自分の間の地面が裂かれる。ナイフで切れ込みを入れたように、その亀裂はどんどん広がる。
少年との距離がどんどん離れる。彼はこちらに必死に腕を伸ばしてくる。
「あき、ほら、手を掴んで」
だけど僕はそれを躊躇ってしまう。その手を掴んだら、なぜか、今度は急に拒絶をされてしまいそうで、そんな訳ないのに、でもそんなイメージがずっと脳裏から離れない。こんなことが前にも確かあって、その時僕は、
「あき!ごめん、違うんだ、本当は、 」
最後に彼が発した言葉は雷鳴でかき消されてしまった。
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