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第2話
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「——…君……、…玄君…、——……劉玄君!」
「っ、は、はい!!」
5限の漢文の授業。昼休みを終えた後の授業は教室全体に気だるい雰囲気があり、さらに窓際一番後ろという席位置のためか、さしこむ暖かな日差しを受けて思わずうたた寝をしてしまったらしい。先生が自分の名前を呼ぶ声に青年は夢の世界から一気に覚醒した。
「おい、次あきの番だぞ。ほら、教科書のここから」
右横の席に座っている同級生が声をかけてくる。
「す、すみません」
急いで教科書のページをめくる。どうやら居眠りをしている間にかなり進んでいたらしい。慌てる自分の姿に教室にいる何人かの生徒たちがクスクスと笑っている。
漢文の書き下し文を音読していたところ、自分の順が回ってきたようだ。教えてもらったページを開いて読みあげる。
「……時に先主 新野 に屯 す。 徐庶 先主 に見 ゆ。 先主之 を器 とす。 先主に謂 ひて曰 はく、『諸葛孔明 は、臥竜 なり。 将軍豈 之を見るを願ふか。』と。先主曰はく、『君与 に倶 に来たれ。』と。庶曰はく、『此の人就 きて見るべくして、屈して致すべからざるなり。将軍宜 しく駕 を枉 げて之を顧 みるべし。』と」
はい、そこでいったん区切りましょう、という先生の声で読むのを止める。
「今音読してもらった箇所はあの有名な故事成語「三顧 の礼」につながる場面、徐庶が劉備に諸葛亮のところを訪れるように勧めるところですね。内容を見る前に先に文法的に大事な箇所をみましょう。まず一番大事なのがここで使われている再読文字の『宜』です。再読文字は先週の授業で紹介しましたがもう一度確認をしましょう。……——」
先生が黒板に板書をする音が響く。青年は自分の仕事が終わったと一つ安堵のため息をついて窓の外へ目を向けた。差し込む陽光と雲ひとつない青空の眩しさが寝起きの目にしみる。
なんだか夢を見ていた気がする。誰かが自分を呼ぶ夢を。
しかしその内容まではっきりと思い出せない。あれは一体誰の声だったのだろうか。
まだ夢うつつな気分が抜けていなかったが、先生が板書を消そうとしているのを見て急いでノートを取り始める。黒板の字を書き写していると次第に頭が覚醒していき、いつしか夢のことなど忘却の彼方へと消えてしまった。
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