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第6話

−−−−−−−−−−−−−−− 昭とはじめが出会ったのは小学四年生の時だった。彼は昭のクラスにやってきた転入生だった。 「曹我(そが)はじめです。よろしくおねがいします」 先生に連れられてそう挨拶をした彼はまだ10歳とは思えないほど大人びた雰囲気を纏っていた。少し紫がかった黒髪。彼の黒曜石のような目は怖じけることなく、まっすぐとクラスメイト達に向けられている。凛とした彼の姿を見てクラスにいる女の子達が頬を赤らめながらヒソヒソと囁き合った。 「劉玄くんの席の横が空いてるわね、曹我くんはそこに座りましょう」 先生にそう言われてはじめは昭の席の横に座る。 「よろしくね」 「よ、よろしく!」 着席してからこちらに挨拶をしてくるはじめに答える昭。昭の名札をじっと見て、 「劉玄昭くん?」 「うん」 「あきって呼んでいい?」 「うん!僕もはじめって呼んでもいい?」 「もちろん!よろしくね、あき!」 そう言ってニカッと笑うはじめ。それに答えるように昭もはじめに笑いかける。 これが二人の初めての出会いであった。 二人はそれ以来ずっと一緒にいる仲良しだった。麗しい容姿に加えてスポーツが得意なはじめはあっという間にクラスの人気者になり友達もいっぱいできたが、はじめにとって一番の心のおけない友人は昭であったし、昭にとってもそれは同じであった。 後になって、実ははじめが自分の家の横に引っ越してきたことを知って以来、彼らはしょっちゅうお互いの家へ遊びに行くようになり、そのうち家族ぐるみの付き合いをする間柄に至った。 はじめには(じん)(こう)という名の幼い弟が二人いた。一人っ子である昭にとって彼らと遊ぶことは何よりも楽しいことであったし、弟たちも昭によく懐いた。 いつものように昭がはじめの家で遊んでいたある日。 「あきは僕ん家くると仁と洪と遊んでばっかだよね」 「だって二人とも可愛くって」 昭の言葉を聞いてはじめは唇を尖らせる。 「ちぇっ、なんだよ、僕ん家なんだから僕と遊んでよ……」 不貞腐れて明後日の方向を見るはじめがなんだか愛おしくて昭はくすくす笑う。かっこよくて学校でもみんなの人気者なのに自分のことを誰よりも気にかけてくれるこの友人が昭も大好きなのであった。 「な、なんだよ!」 「んーん、なんでも!はじめ、僕と遊ぼう!」 そう言ってはじめに手を差し伸べる昭。まだ少しむすっとしているはじめであったが、昭から差し伸べられた手を取って二人は仲良く遊び始めた。 −−−−−−−−−−−−−−− そんな二人の関係性が大きく変わったのは中学二年生の時だった。 同じ中学に進学してからも変わらず仲が良かった二人であったが、中学二年生の夏休みになって突然はじめからの連絡がぱったりと途絶えたのだった。 不審に思った昭はたびたびはじめにメッセージを送ったが返事はこない。直接家に遊びに行っても「忙しいから」と言われ、ずっと会うことを断られた。 そうして一度もはじめに会うことなく、中学二年の夏休みが明けた。 新学期が始まってからもはじめは昭を避けるようになった。 当然、昭はなぜはじめがそのように振る舞いだしたのかわからず、戸惑いが大きかった。以前ならいつも一緒に過ごしていたのに、はじめは休み時間には教室を出てどこかへ行ってしまい、また一緒に食べていた昼ご飯も別の友人たちと食べるようになってしまった。はじめしかまともに友人と呼べる人がいない昭は当然クラスから孤立していった。 ある日の放課後、昭は一人で廊下を歩いていた。下校時間を過ぎ、学校には部活をやっている学生以外ほとんど姿が見えなかった。 夕陽に照らされ赤く染まった廊下をとぼとぼと歩く。校庭で部活動にいそしむ生徒たちの声が響く。 それをぼんやりと聞きながら歩き続けていると、前方から誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。前を向き、視界に入った人物を見て、昭は驚く。はじめがこちらに向かって歩いてきているのだった。 久しぶりに正面から見る友人の姿。相変わらず美しく端正な顔立ちに、思わず目を奪われそうになる。中学に入って剣道を始めたからだろうか、体つきがたくましくなり、精悍さを帯びている。 「あっ……」 思わず声をかけようとした。 「っ……」 昭に気づいたはじめはさっと後ろに踵を返し、昭に背を向けて歩き始める。 「まって!」 昭は急いで走り寄り、はじめの腕を掴もうとする。 しかし—— パシンッ! 「っ、触るなっ!」 昭の手ははじめによって弾かれ、虚しく空を切った。 「………」 息が詰まりそうな静寂が廊下を覆う。 ハッとしたようにはじめが目を見開いた。 「あ……、ご、ごめん……、」 ずっと我慢していた言葉が、思わず、昭の口からこぼれる。 「………そんなに、もう僕のことはきらい……?」 それを聞いて、はじめの喉がヒュッと鳴る。 「っ、ち、ちが……」 「……ごめんね……、しつこく付き纏われて、嫌だったよね……、ほんとに、ごめん……」 「待って、あき!」 呼び止めようとする声を背にして、昭はその場から逃げるように去った。 それははじめから受けた、初めての明確な「拒絶」であった。今までずっと避けられてはきたが、それでも彼から直接的に突き放されることはなかったのだ。だから昭は不安や寂しさを感じることはあっても、まだ心のどこかでその感情から逃避するだけの余裕があったのだった。 しかしそれももう終わりだ。走りながら、昭の目からは徐々に涙が溢れる。 霞む視界。 溢れ続ける涙を拭うこともなく、昭は走り続けた。 −−−−−−−−−−−−−−− それ以来、昭は無理してはじめと関わろうとするのをやめた。 原因はわからないけどきっと自分が何かをしたのだろう。そしてそれは彼にとって許されざるほどのことだったに違いない。 あれだけの拒否反応を受けても、はじめに話しかけ続けることができるほど、昭の心は強くなかった。 結局、昭ははじめと一度も離すことなく中学を卒業した。 自分がはじめと同じ高校に進学することは、まだ仲の良い母親同士の交流を介して知ってはいたが、高校進学後も二人の関係性は変わらないままであった。 幸いにも二人は一度も同じクラスになることはなかったため、昭が少し意識をすれば、はじめと会わずに学校生活を送ろうとすることはそう難しくなかった。 それでも、移動教室で廊下を歩く時、少し遅い時間に登校する時、どうしても彼に遭遇してしまうこともあった。 そんな時、昭はじっと彼の方に意識を向けながら、気づかれないように、ただ縮こまって、彼が離れるのを待つのだった。 はじめはたいてい誰かと一緒にいることが多い。昔から自然と周りに人が集まるタイプだった。高校でもそれは変わらず、昭が見かける時はほとんど誰かと連れ立って歩いていた。 初めの頃は、その隣に自分が立つことはきっともう二度とない、そう分かっているのに、それでもどうしようもなく彼の姿を見ると昭は胸がしめつけられるような悲しみに襲われていた。 しかし月日が流れるにつれ、昭の心も次第にその悲しみに慣れていくようになってしまった。徐々にではあるが、彼の姿を見ても胸が少しチクッとすることはあれど、以前のような深い絶望感に襲われるほどではなくなった。 それに、高校に進学してから昭にも友人と呼べるような存在ができ始めた。 彼はもう、中学までの、はじめしか友達がいなかったような小さな世界の住人ではない。 徐々に昭の中ではじめに存在は小さくなっていき、気がついたらほとんど思い出すこともなくなっていったのだった。

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