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第5話

−−−−−−−−−−−−−−− チリンチリンと鳴るベルの音とともに昭は外に出た。むわっとした熱気が頬をかすめる。太陽がいつの間にかだいぶ沈んでおり空は真っ赤に燃えているようだ。 来た時と同じ細道を通る。少し歩くと繁華街につながる大きな道に出た。 夕方になり、繁華街の賑やかさはこれから増していくのだろう。駅の方からやってくる人たちとすれ違う。 横断歩道の信号を待つ。 大通りのためか車の往来が激しい。向かいの歩道で信号待ちの人が徐々に増えていく様をぼうっと見る。ふとその中にいる派手な男女の集団を目が捉えた。自分と同じ制服を着た学生の集団である。その中で一際目立つ容姿をした男子学生に気づいた時、昭の目ははっと見開かれた。 信号が青に変わる。 一斉に歩行者が歩き始める。後ろの人に押されるように昭も前へと進んだ。向かいにいる集団と徐々に距離が縮まる。 (まさか……) 近くにつれ、彼の顔が少しづつはっきりと目に映る。さらさらした紫がかった黒髪。切れ長の目が向ける視線は横にいる友人たちへと注がれている。 (やっぱり彼だ……) 距離が近くなるにつれて昭の心臓がばくばくとなり始める。冷や汗が背中を流れる。思わず足早になる。 友人の話に笑いながら、ふと彼がこちらを見る。 視線が絡まる。 「……昭?」 青年はそう声をかけると歩みを止めて昭を注視した。 つられて思わず昭も立ち止まる。 「……久しぶり」 「う、うん……」 信号がチカチカと光っている。 通り過ぎる人々は足早に歩道を渡る。 「おい、はじめ!何してんだよ、置いてくぞ!」 「はじめくん〜!」 信号を渡り切った先で先程の集団が彼に声をかける。 はじめと呼ばれたその青年が一瞬その集団の方に気を向けた時、 「あっ、友達、呼んでるよ、僕いくね、」 「あ、おいっ、」 呼び止める声を無視して昭は歩道を渡ろうとする。 すると横から青年が昭の腕を掴んだ。 「……っ!」 身がすくむ。思わず掴まれた腕を解こうとした。 しかしその青年が昭の腕を掴む手は強く、振り解けない。思わず声を発しそうになった時、 「昭さんっ!」 「っ!」 後ろから自分を呼ぶ声が聞こえる。ぱっと後ろを振り返ると自分の元へ駆けてくる飛鳥の姿が見えた。 はじめと呼ばれた青年と昭の間に流れるただならぬ雰囲気に何かを察したのだろうか、不審そうな顔をしている。 思いがけない人物の登場に驚いたのか、腕を掴まれた力がゆるむ。咄嗟に腕を振り解く。 「あれ、俺もしかしてタイミング悪かったすか……?」 「だ、大丈夫、」 「うわ、信号赤になるよ!ほら、昭さん早く!」 そう言って飛鳥は急いで昭の手を取り走り始めた。 「あき!」 後ろから自分を呼ぶ声がする。しかし昭は振り向かなかった。前を走る飛鳥に手を引かれながら、昭は走り続けた。 −−−−−−−−−−−−−−− 「昭さん大丈夫?」 飛鳥に連れられて数分。気がつくと二人は駅に到着していた。 「さっきの人、知ってる人なの?俺らと同じ制服着てたけど」 「……うん、まあ、そんな感じかな……ところで、飛鳥くんはどうしてここに?」 「ああ、そうそう、そういえば、」 そう言って飛鳥はポケットから何かを取り出す。 「あ!それは!」 「へへ、これ昭さんの忘れ物でしょ?さっき出たばかりだからまだ間に合うかなって」 そう言って飛鳥が渡してきたものは昭の定期入れだった。 「ありがとう!助かった」 「いえいえ〜、お役に立てて何より」 そう言うと飛鳥はニカっと笑う。 「今日は飛鳥くんに助けられてばかりだね、本当に何度もありがとう」 「いやいや〜、全然気にしないで。その代わり俺とこれからも仲良くしてねっ?」 子犬のような目を向けて自分にそう言う飛鳥を見て、昭は思わず笑う。 「ふふ、もちろん。それに飛鳥くんの教科書預かってるし、ね」 「うわ、そうだった!俺、明日昭さんとこの教室遊びに行くからその時に!」 そう言って明日の約束を取り付けると、「じゃあ俺、兄貴待たせてるから!また明日ね!」と言って飛鳥は来た道を戻って行った。 その後ろ姿を見て、図らずも飛鳥くんに駅まで送ってもらっちゃったな……と思いながら改札を通る。今日初めて出会ったはずなのに、まるでずっと前から仲良しであるかのように慕ってくれる飛鳥の姿を思い出して、思わず口元が綻ぶ。 しかし、横断歩道での一幕を思い出すと途端に表情がこわばった。 (はじめ……) 彼に掴まれた腕に触れる。 (いったいどういうつもりで……) 過去の記憶が蘇る。あの時に彼から受けた拒絶。 途端に嫌な気分が胸のあたりをじわじわと侵す。その時の気持ちを思い出して背中が汗でじんわりと濡れる。 その場に立ち続けていると、何だかじわじわと体が沈んでいってしまいそうで、嫌な思い出を振り切るように、昭は足早にホームへと向かった。

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