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第4話
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「また明日な」
ホームルームを終えた後の教室。クラスメイトたちが話す声でざわざわとしている。まだ帰り支度を終えていない昭に向かって友人が挨拶をする。
またね、と返事を返しながら携帯を見ると新着メッセージが一件。開けると母から届いたメッセージだった。
無類の紅茶好きである母はどうやらお気に入りの茶葉を切らしてしまったらしい。帰りがけにその茶葉を購入できる店に寄って欲しいとのことだった。
メールに地図が添付されている。どうやら喫茶店のようだ。店の所在地と経路を確認してから昭は急いで帰り支度を済ませ、席から立ち上がった。
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(うーん……?ここらへんのはずなんだけどな……)
地図を頼りに辺りをぐるぐると周ること数十分。地図が示す目的地に近づいているはずなのに喫茶店らしき店は見当たらない。
(もしかしてもう閉まっちゃったのかな……)
普段は寄り道もせずにまっすぐ帰宅するためか、この時間帯に繁華街のあたりを歩くことに慣れていない。早く目的地に着きたいという焦燥感と6月になってから一気に上がった気温のせいか、じんわりと体が汗ばみ始めているのを感じる。
落ち着いてもう一回地図を見ようと立ち止まった時。携帯の画面に気を取られていたせいで前から歩いてくる人物とぶつかってしまった。
「いてっ」
「あ、ごめんなさい!」
急いで前を向くと見覚えのある青年が立っていた。
「あれ……?」
「あ!さっきの!!」
青年のつり目気味な金眼が自分をとらえる。そう、目の前にいる青年は学校の廊下で先ほどもぶつかった人物だったのだ。金髪の頭がペコリと下がる。
「すんません、俺よそ見してて……!」
「いや、僕も携帯見てて……!」
昭もあわせて頭を下げながらふと思い出す。
「あ!そういえば!教科書!」
そうだった。あの後名前を思い出せないまま一年生の教室前をうろうろと探し回ったが、結局彼を見つけることはできなかったのだ。教科書?と首を傾げている青年に説明をする。
「ああ!そうだったんすね!俺全然気づかなくて……。あ、でも教科書置いてきちゃったな」
「いいよいいよ、明日とかでも全然。あ、名前だけ教えてもらっていいかな?僕は二年A組の劉玄昭」
昭がそう尋ねると青年は尾張 飛鳥 と名乗った。やはり一年生であるそうだ。互いに自己紹介を済ませた後、その場で少し立ち話をする。彼の人懐っこい雰囲気のおかげで二人はすぐに打ち解けた。
「そういえば昭さんここら辺に何か用があるの?」
「ああ、実は買い物を頼まれてきたんだけどお店の場所が分からなくて。地図にはここら辺って書いてあるんだけど」
携帯の画面を見せると、どれどれと飛鳥は画面を覗き込んだ。
「ん?あれ、このお店」
「あ、飛鳥くん知ってる?」
「俺もここに用があるんだ」
「え、そうなの?」
俺についてきて!という飛鳥の声に思わぬ助けが現れたと昭は喜んだ。
そのまま彼に連れられ歩くこと数分。二人はある建物の前に立っていた。確かにお店のようだが、出されている看板は昭が目的としている店の名前とは違うものだ。
「ここ……?」
「実は昭さんが探している店、ここでお昼の時間だけやっている喫茶店なんだよね」
「ええ!?そうだったのか」
「夜はこうやってバーに切り替わるんだ。お店の名前も変わって」
そう言いながら飛鳥は扉を開ける。
(母さん、なんでそういう大事なこと書き忘れるんだよ……)
飛鳥の後ろでため息をついた昭だがそのまま店に入ろうとする飛鳥を見て慌てて言う。
「ま、待って!ここバーなんでしょう?制服でそんなお店入っちゃ……!」
「へへ、まあ本当はダメなのかもしんないけど、昭さんも買い物あるんでしょ?それに俺も用あるし!」
ほらほら!と手を引っ張ってくる飛鳥に連れられるがまま店内へ入る。ドアについたベルがチリンチリンと鳴った。
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「いらっしゃい…おや?飛鳥じゃないか」
「あきらさんこんにちは、久しぶり!」
店内に入るとカウンターバーの奥にいた男性が自分たちに声をかけてきた。肩にかかるくらいの真っ直ぐで柔らかそうな黒髪を、下の方で一つに束ねている。少し垂れた涼しげな目つきと筋の通った鼻が印象的な、美しい男性であった。あきらと呼ばれたその人物は飛鳥と親しげに一言二言挨拶を交わすと、店内の奥の方にある階段を指した。
「羽長を探しにきたんだろう?彼なら二階にいるよ」
「ありがとう!」
それを聞くと飛鳥は昭に「ここで待ってて」と言って、返事も待たずにドタドタと階段を上っていってしまった。残された昭は手持ち無沙汰に少しの居心地の悪さを感じ、視線を泳がせた。
「こんにちは、君は初めましてかな?」
「あ、はい、あの、このお店で茶葉を買ってくるように頼まれてきたんですけど…」
「ああ、それなら大丈夫。さっきしまったばかりだからすぐ出せるよ」
ふふっと笑いながらあきらは昭に微笑みかける。
「このお店、昼は喫茶店なんだけど夕方からバーに変わって営業しているんだ。僕はこの時間からバーを担当する者でね。喫茶店を担当している奴も他にいるんだけど、ちょうどさっき交代しちゃって」
そう言って彼は自分の名を葛亮 あきらと名乗った。夕方から切り替わるこのバーの手伝いをしているらしい。
「君は飛鳥の友達かな?」
「あ、初めまして、劉玄昭と言います。飛鳥くんとは同じ高校で……。この辺りで道に迷っていたところを助けてもらって」
「ああ、この辺りは道もごちゃごちゃしているし、なによりこの店の名前が昼と夜で変わっちゃうからややこしいよね」
そう笑いながら、あきらはカウンター席の一つに座るように勧めてきた。席に座ると、彼はアイスティーが入ったグラスを昭の前に置いた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、初めて来てくれたお客さんにサービス。とは言っても飛鳥はいつも無銭飲食だからね。全く困ったもんだよ」
「飛鳥くんはここによく来るんですか?」
「そうだね、飛鳥のお兄さんと僕は幼なじみみたいなもんでね。飛鳥とも長い付き合いかな」
聞いてみると、飛鳥の兄とあきらは同い年で二人とも大学三年生らしい。中高大とずっと同じ学校に通っているというから随分と長い付き合いがあるようだ。
「すごい……」
「ふふ、腐れ縁みたいなものさ。昼間の喫茶店を担当している奴も幼なじみの一人でね。あともう一人合わせて四人で昔からよく一緒にいることが多かったかな」
実はこのお店もそのうちの一人の父親が所有しているものらしい。そのお手伝いという形であきらたちはここで働いているそうだ。
「そうだ、昭くんは紅茶の茶葉を買いにきたんだよね?上にしまってあるから取ってくるよ」
そう言って、あきらが二階に上がる階段の方を向いた時。
ちょうどその階段から二人の男性が降りてきた。
「ごめん昭さん!俺ずっと待たせちゃって」
先頭にいた飛鳥が昭に向かって謝る。
「飛鳥はお兄ちゃんに一度構ってもらうとそればっかになっちゃうからね」
くすくすと笑いながら揶揄うあきらの声に「も〜うるさいなぁ〜」と彼は罰が悪そうに口を尖らせる。
「飛鳥くんのお兄さん?」
「そう!俺の兄貴の羽長だよ!兄貴、こっちは先輩の昭さん」
飛鳥はそう言って振り返りながら一緒に階段を降りてきた男性を紹介する。羽長と呼ばれた彼は、青みがかった艶のある黒髪の男性だった。眼鏡の奥の長い睫毛に縁取られた鋭い目が、昭をまっすぐ見つめてくる。
「飛鳥の兄の関口 羽長 だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
差し出された羽長の少し骨張った細長い手を取って、握手をした。飛鳥の兄と言ったが雰囲気はまるで違う。それに名字も……
「俺は兄貴んところに引き取ってもらった子だから血の繋がった兄弟じゃないんだよ。だから名字も違うってわけ」
「ああ、義兄弟ってやつだな」
「なるほど、そうなんですね」
「飛鳥はとにかく羽長のことが大好きでべったりなんだ。いわゆるブラコンってやつだね」
口元を緩めながら揶揄ってくるあきらに「も〜!あきらさん!!」と飛鳥は叫んであきらの脇腹をぽこぽこ殴る。
「こら、飛鳥。全く……お前はいつまで経っても落ち着きがないんだから」
「だって!!」
「昭と言ったな。飛鳥は迷惑をかけていないだろうか?」
「いえ、そんな!さっきも迷っているところを飛鳥くんに助けてもらって」
「そうだよ!あ!それにほら!」
そう言って飛鳥は持っていた箱を昭に渡す。
「ほら、これでしょ?昭さんが買いにきたっていう紅茶!ついでに取ってきたんだ」
「あ!そう、これ!ありがとう!」
母がいつも飲んでいるものと同じ箱を受け取る。
「ああ、ちょうど今取りにいこうとしていたんだ。ありがとう飛鳥」
「へへ、俺だって伊達にこのお店の常連やってないからね!」
「やれやれ、そういうことはちゃんとお金を払うようになってから言って欲しいものだね……。昭くん、レジまできてもらえる?」
「はい」
あきらに連れられ、そのまま紅茶の茶葉の会計を済ませる。
「飛鳥くんと羽長さんは仲の良い兄弟なんですね」
「そうだねえ、飛鳥はあの通りお兄ちゃんが大好きだし、羽長もなんだかんだ飛鳥には甘いからね」
「僕は一人っ子なので、ああやって仲の良い兄弟がいるのは羨ましいです」
「ふふ、彼らはしょっちゅうここに入り浸っているからね、昭くんもいつでも遊びに来て」
そう言うとあきらはレジの横に置いてあったクッキーの包みを昭に手渡した。
「はいこれ。サービスってほどのものじゃないけど持っていって」
「え、でも、お茶もご馳走になってますし……!」
「良いの良いの、その代わりまた顔を見せに来てくれたら嬉しいな」
柔らかく微笑みながらあきらは袋を昭の右手に乗せると、そのままそっとその手を包み込むように両手で柔らかく握った。目の前のあきらの美しい顔と握られた手の暖かさで思わずどきどきしてしまう。
「あ〜〜!あきらさんがまた口説いてる!」
奥にいた飛鳥たちにも聞こえていたらしい。そう言いながら彼は近づいてきた。
「こら、聞こえの悪いことを言うんじゃないよ」
「あきらのこれは悪癖みたいなもんだからな」
やれやれと羽長がため息をつく。
「昭さんもう帰るの?」
「うん」
「ここから一人で帰れる?」
「さっきので道はわかったから大丈夫。ありがとう」
「そっか、昭さんまた学校でね!!!」
そう言って飛鳥はガバッと昭に抱きついた。
「わあっ!」
「こら、飛鳥、いきなり抱きつかれたらびっくりするだろう」
後ろから羽長が飛鳥の首根っこを掴んで引き剥がす。
「ぐえっ、兄貴!!首っ!!首しまってるから!!」
「騒がしいやつだが悪い奴ではないんだ。今後も仲良くしてやってくれ」
ジタバタと暴れる飛鳥をそのままに羽長は昭に話しかける。
「はい」
「昭さん〜!!また明日!!学校で!!」
「うん、また明日!」
あきらがドアを開ける。チリリンとドアベルが鳴った。
「じゃあまたね、昭くん」
「はい、ありがとうございます」
「いつでも歓迎しているから、気軽に遊びにきてね」
そう言ってあきらはにっこりと笑う。
つられて昭の顔にも笑みがこぼれる。
「ありがとうございます。では、また」
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