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※会いたい。

『まだ帰れねーの?』 「はい…すいません……」 電話の向こうで遥さんの寂しげなため息が聞こえた。 年明けの仕事始めに藤次郎さんが事務所に呼ばれていた。 毎年2月の始めに開催されている大規模なマラソン。この地域の恒例行事に今年新たなイベントが加わることになった。 市民ランナーのみの参加の地域密着型マラソンだったのはもう昔の話しで、今や全国各地からまた世界からランナーがやってくる、地域全体で盛り上げるイベントへと進化している。 ネットと絡め投票を募集し、その年のキングとクイーンを決めようととあるイベント会社から話しが上がった。 マラソンに参加する地元のランナーへの取材、事前登録から全国各地に散らばるランナーへの取り付けなど準備段階から人手不足は懸念されていたそうだ。 藤次郎さんから誠一さんへその話しがきたのは12月の始めだったそう。 ゴール地点での結果発表を行う海辺のホテル。その結果発表の仕切りを藤次郎さんが誠一さんに持ち掛けたのだ。 何しろ初めてのイベントで前例がない。 戸惑う誠一さんに藤次郎さんが言った。 「しばらく侑司を貸してくれ」 とりあえずキャリーケースに詰め込めるだけの着替えとスーツを入れ、遥さんと別れを惜しむ間もなく藤次郎さんにゴール地点のホテルに引っ張りこまれてから一ヶ月。 俺が抜けた穴を埋めるため、遥さんは遥さんで忙しいらしく、電話も久々だ。 『身体大丈夫なのか…』 俺の心配をする遥さんの声に背筋がぞわっとした。

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