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甘いのも悪くない。
「他の男と付き合ったことないし、じゃあ試しに他の男って考えるだけで無理。侑司がずっと侑司だから、その……」
「好きなの」
言わないから、と拗ねたように言った遥くんがクロワッサンを頬張る。
リスやハムスターみたいに頬をパンパンに膨らませてモグモグする様子に笑みが零れた。
あら、可愛い。
あまりの可愛さにそれ以上突っ込むのはやめてあげた。
バレンタインの夜はクリスマスの次に街全体が幸せな空気になる気がする。
愛なんて伝えたい時に伝えればいいのに、と思うけど、イベントの盛り上がりやパワーを借りないと勇気を出せない人もいるんだろうな。
いつもより目につくカップルたちと共に電車に揺られながら携帯を取り出す。
『バレンタインだってわかってる?』
それだけを送る。
どんな反応が返ってくるか。
紙袋の中残るのは二つの箱。
甘いものが得意じゃない愛しい息子と恋人。
何日も何日もかけて全部食べてくれるのを今年も楽しみに眺めよう。
普段言わない大好きを、私でも伝えたくなる日。
もういいよ、わかってるから!
照れながらそっけなく答える息子の様はすぐに浮かび、ニヤける顔を電車の外に向けた。
恋人には………そうだな。
放ったらかしの分、照れるほど存分に愛を囁いてもらおう。
携帯が震えた。
『夜、そっちに行く』
少しの間を空けてまた携帯が震える。
『月が』
『綺麗だぞ』
次郎ちゃんらしい愛の言葉に微かに笑いが漏れた。
今夜くらい言わせてみたい。
これまできっと口にしたこともないだろう愛の言葉。
心からのその言葉は、来年のバレンタインまでずっと胸に残るはず。
『それじゃあ許さない』
そう返事をして携帯を仕舞う。
電車が駅に着く。
どんな言葉を用意してくるのか楽しみに待ちながら、とりあえず私は息子に愛を告げよう。
チョコレートよりも甘い、とびきりの愛してる、を嫌がられても溢れるほど。
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