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第1話 β×Ω

「私たちが子どもを産んだら、子ども同士を結婚させましょうね!」 自他共に認める気持ち悪いくらい仲が良い母親同士の約束のせいで、俺たちは産まれる前から許婚が決まっていて。 その身勝手かつ堅固な約束は、今、俺たちをかなり苦しめているんだ。 かろうじてオメガ性、アルファ性があるとしても、産まれたお互いの子どもが全員男だけとか、全員女だけとか、想像つかなかったんだろうか? ………浅はか、つーか……バカだろ。 俺の母、七村麻弥は女性でベータ性だ。 愛する人のために子どもを産んだ、というよりはその約束を果たすために、極々普通の男性と結婚して、3人の子宝に恵まれる。 ただし、見事なまでに全員男。 長男は俺、七村はじめを筆頭に。 次男、七村つぐむ。 三男、七村みつる、と続くいて。 そして、今日。 俺たちはまだ見ぬ許嫁と、初めて対面するんだ。 まもなく社会人になろうとしている俺と大学生のつぐむは、まだいい。 それなりに色んなことを経験してるし、こんなバカげた〝お見合い〟をスルーできるスキルが身についている。 要は、今日だけ乗り切れば、あとはバックレようという算段をしているんだが………問題は、みつるだ。 今春高校生になるとはいえ、中坊でやたら素直に育ったみつるにそんなことができるのか………? ………いざとなったら、俺がみつるを守んなきゃ……。 脳内お花畑の母親の謀略から、俺が大事な弟たちを守んなきゃ。 「はじめちゃん………。僕、緊張してきちゃった」 計らずとも、齢15にして〝お見合い〟を経験するかわいそうなみつるが、学ランの中で身を縮こませて言った。 「大丈夫、俺がなんとかするから」 「お母さんのお友達の人って、お金持ちなんでしょ?僕、余計なこと言ったりしたら、どっかに売られちゃうなんてことない?」 「………漫画の見過ぎだろ、それ」 「だって………だって、僕オメガでしょ?大抵の漫画じゃ、オメガがなんかやらかすとそういう流れになってるよ?」 「フィクションだっつーの!」 俺が少し強めに発した言葉に、みつるが心なしか気落ちしたように顔を曇らせる。 「心配すんなって。俺がそんなことさせないから」 「………うん、ありがと。はじめちゃん」 無理して笑顔を作るみつるがどことなく寂しそうに見えて、俺はその柔らかな髪をそっと撫でた。 無理もない、よな。 恋愛すらしたかどうか微妙なみつるが、いきなりお見合いなんて、そりゃキツいよ。 「母さん、みつるだけでも外せない?」 「ダメダメ!!ちょうど向こうも3人なんだから!!みつるがいなきゃ始まんないわよ!」 そもそも………。 あんたがそんな約束なんかしなきゃ、こんなことにはならないわけで。 そんな理不尽な約束事に、かわいい息子たちを付き合わせて………。 俺は移動する車内で、冷たくなったみつるの手をずっと握っていたんだ。 例えそれが。 その同情が焼け石に水であったとしても、俺はそのみつるの手を離してはいけない、と思った。 車がゆっくり停止すると、そのエンジン音がピタリと止まって、車窓ごしに天に向かってそびえ立つタワーマンションが、俺の目に飛び込んでくる。 ………こ、ここ……なんだ?? 「真紀ちゃんが指定するところって、相変わらず立派ねぇ」 やっぱり………お見合い相手方って、やっぱ金持ちだろ!? このお見合いが成立すれば、あわよくば………ってな母親の魂胆が見え隠れするのは、気のせいだろうか? 〝金持ち真紀ちゃん〟に俺たち兄弟を差し上げますって、言ってるようなもんじゃないのか? 俺のスルースキルを駆使して、どうにかできるレベルを逸脱しているような気がする。 ………そう思うと、さっきまで軽く考えていた俺は急に胸の鼓動が激しくなるくらい、緊張してきた。 「はじめ兄、すげぇなココ」 いつもクールで物事を達観しているつぐむが、珍しく驚いた感じを隠すこともなく、小さく口を開いた。 「あぁ、すげぇよな」 「オレ、アルファだからさ。こんな金持ちならアルファばっかだろうなぁ。同類嫌悪して猛獣注意的に毛嫌いされるか、気持ち悪いくらいチヤホヤしてくるかのどっちかだよ」 アルファ性のすぐ下の弟は、アルファであるが故に経験した理不尽なことを淡々と口にする。 オメガも大変そうだけど、アルファもそれなりに大変そうだ。 「どっちかって言うと、前者の方がスルースキルも発動しやすいだろ?」 「まぁ、な。はじめ兄は?」 「俺はベータだから、おそらく相手にもされないよ。問題はみつるだな」 そういう俺は、両親純粋な血を引いた立派なベータで。 俺たち三兄弟は、男という共通点がありながら、見事にバラバラな性を神様から授かった。 つぐむがアルファで、みつるがオメガで、俺がベータで。 でも、俺にとったら2人ともかわいい弟だから………。 こんなバカげたお見合いなんかサッサと終わらせて、「ご縁がなかった」という無難な形で終わらせたいというのが本音なんだ。 俺たち、ド庶民一家はホテルのようなタワマンのロビーを抜け、コンシェルジュによって、奥まったプライベート用エレベーターに案内された。 重厚な作りのエレベーターに足を踏み入れ、コンシェルジュがお辞儀をする姿が見えなくなったと同時に、重力すら感じさせないスピードで一気に上昇する。 「はじめちゃん、つぐむちゃん………やっぱ、こわい」 俺とつぐむの間で縮こまっていたみつるが、俺の袖とつぐむの袖をぎゅっと握って、か細い声で呟いた。 「大丈夫、みつる。ご縁がなかったら、さすがにお母さんも諦めるよ。大丈夫だから」 そう言ってはみたものの。 所詮、気休めにしかならないのは、みんななんとなく察しがついていた。 俺たちを乗せたエレベーターは、最上階のペントハウスに運ぶ。 ………あ、これは。 かなり、マズイかも。 だって………キラキラしてるよ。 母親の唯一無二の親友と思しき女性をはじめ、出迎えた俺たちに年の近い男性が3人、こっちを見てにこやかな笑顔を携えているのに、その目は………まるで俺たちを品定めしているかのような、目つきで………。 キラキラの中の期待と思惑が交錯して、それが全身に突き刺さって、酒を一気飲みしたような吐き気がこみ上げてきた。 お見合いの相手方である菊浦家の意気込みが………このお見合いにかける、菊浦家の気合いが違いすぎて。 俺たち兄弟はドン引きしたものの、逃げることも攻めることもできずに、ただ呆然と立ち尽くしてしまったんだ。 「いきなり会って相性がどうとか分かんないでしょ?お互いのことをよーく知るために、今から半年、ここで共同生活をしてもらいます」 ニコニコ笑いながら、そう言った俺の母親と菊浦さんトコのお母様が、とんでもないこと言い出して、ド庶民兄弟の俺たちは、雷に打たれたんじゃないかってくらい、思考回路ショートした。 ………いや、よーく知るまでもないんじゃないか? この場で即決して欲しい、「こんなド庶民は、菊浦家に相応しくない」って。 そんなに長い時間をかけなくても大丈夫だろ!? 「いや、そんなに時間をかけなくても」 たまらず、声に出してしまった。 「だって………みつるとつぐむは学校があるし。俺だって、もうすぐ社会人だし………」 「もちろん、ここから通うのよ!」 「はぁ?!」 「ここなら、はじめの勤め先にも近いし。つぐむとみつるだって同じじゃない!一石二鳥ってこのことを言うのねぇ。真紀ちゃんってやっぱり、すごいわぁ」 「私たちの長年の夢だもの!これくらいして当然よ!」 「それじゃあさ。半年寝食を共にして、もし相性があわなかったら、この話なかったことにしていいワケ?」 一連の流れを黙って聞いていたつぐむが、静かに口を開く。 「そう……ねぇ。相性が悪かったら、元も子もないものねぇ。どうする?真紀ちゃん」 「いいわよ」 ………一応、意思は尊重するんだ。 「万が一そうなった場合、私たちが納得できるそれ相応の相手をつれてきてちょうだい。それもできなければ、一生菊浦グループの経営する飲食店で働いていただくことになるわよ?」 「無理だろ!そんなの!!」 たまらず、俺はそう叫んだ。 たった半年で、今後50年の人生を決定しないといけないとか………。 無理に決まってんだろ!! 俺はまだいい。 まだ中坊のみつるとか、ほぼほぼ不可能な話じゃないか!! 「いい話じゃないの!相性があえば玉の輿。合わなかったら、就職先まで決まるんだから!」 「………まさか、本当に置いて行かれるとは思わなかったな」 「………あぁ、本当だな」 さっきまで母親たちが熱弁をふるっていたペントハウスの広々としたリビングで、俺たちド庶民三兄弟は身の置きどころもなく隅っこにかたまっている。 身の上に降りかかった想像をはるかに超える事態に、つい、俺はため息混じりで呟いてしまった。 それにつぐむが、いつものクールな感じで同調する。 身勝手で堅固な約束のせいで、こんなことになるなんて。 と、いうか。 自分の母親が、脳みそに花が咲いてんじゃないかってくらい、ここまでバカだとは思わなかった。 お金持ちの菊浦さんの言いなりみたいに同調しちゃってさ。 玉の輿だの、就職先が決まって安泰だの。 そこまで、その約束に固執する理由が分からないし、菊浦さんに対する依存度の高さが異常で。 ………そんなに菊浦さんが好きなら、自分が結婚すりゃいいだろ? 「とりあえず、半年。できることをしないと。大丈夫か?みつる」 「うん………」 思春期真っ只中にも関わらず、素直で反抗という反抗もしないみつるが、今にも泣きそうな顔をして俺にしがみついた。 ………発情前だというのに。 グレて、自暴自棄にならなきゃいいけど。 飲食店や総合レジャー施設、融資系金融の経営も手広く行う、菊浦グループ。 近い将来、その菊浦グループの中枢にいるであろう御子息たちが目の前にいる。 こんなバカげたお見合い………と称したリアルなテラスハウスがなければ、一生出会うこともなかったはずだ。 容姿も良ければ品もよい。 ド庶民の俺たちみたいに取り乱すこともなければ、困惑することもない。 同じ三兄弟でもここまで違うと、育った環境の格差をまざまざと感じて、さらに身の置きどころがなくなってしまう。 「そんなに固くならないで。とりあえずお茶でもどうぞ」 そう優しい声音で言ったのは、菊浦家の長男、順一郎。 俺より年上で、背も高くてスラッとしていて、それでいてオメガ性であると言っていた。 そう、俺はまず………アルファみたいなオメガの登場に、俺は面食らったんだ。 その横で慣れた手つきでお茶をついでいるのが、今春、大学を卒業する俺と同い年の次男、健二郎。 一番、普通っぽい雰囲気なのに実はアルファらしい。 そして、一人離れたところで俺たちに鋭い視線を投げかけているのが末っ子の三男、昇三郎。 高校生の彼のその態度とか視線とか、きっと俺たちの感覚に一番近い。 それもそのはず、彼は俺と同じベータだから。 極端に右に偏ったオメガと、極端に左に偏ったアルファのラインから逸脱して、そのラインを眺めることしかできない………それがベータという存在で。 このとんでもない状況を受け入れられずに、でも抵抗できずに、だから嫌悪感丸出しのあんな目をしているんだ。 「まぁ、いささか強引ではあるけど。一緒に暮らすわけだから仲良くしようよ」 「………はぁ。あっ!あの!!みつるはまだ中学生で………できれば、というか。そっとしておいてもらえませんか?」 「うん。私もオメガだし、みつる君の気持ちも分かるから、なるべく配慮するよ」 ………よかった。 話の通じる人でよかった………。 正直、あの母親だからってのもあって、この人たちもあんな感じで強引なんじゃないかと思っていたから………。 「君たちの荷物は後で届く手筈だし、まず部屋を案内するよ。健二郎、昇三郎、案内してあげて」 終始上機嫌の健二郎と終始不貞腐れている昇三郎に、各々の個室に案内された。 ベッドに机に、ド庶民の実家より広い部屋に案内された俺は、ため息と同時にベッドに腰をおろす。 実家ですら一人部屋なんてなくて、3人ベッドが置かれた狭い部屋で過ごしていたから、なんか落ち着かない。 ………なんで、こんなことになったんかな。 そう考えて体をベッドに倒すと、急に瞼が重たくなってきた。 …………疲れたなぁ。 今まで生きてきた人生の中で、一番疲れた1日だった。 できれば、今日一日全て夢でしたってオチはないよなぁ。 昇三郎に協力してもらって、この状況をなんとかできないかな。 あぁ………やべ。 眠い………眠いぃ。 …………ん? すげぇ、甘い香りがする。 クラクラして、体の中が熱を帯びてくるような、そんな誘われるような甘い香り。 それに、さっきからパチュパチュ変な音がするし。 なんだよ、この音………やたら、気持ちいい。 ………気持ちいいって、なんだよ!! 「!!」 「あ、起きた?………はじめ君」 驚きすぎると、人間って声が出ないんだと初めて知った。 目を開けた俺の目の前に、順一郎がいる。 しかも裸で、息が乱れて。 あの甘い香りを撒き散らしながら、激しく上下に動く順一郎の姿に、一瞬、夢かと思った。 でも………違う!! これって………ヤバめだろ!! 順一郎はオメガで、でも俺はベータで……。 いつの間に………疲れて、眠って………それから………この状況。 あ、あああ、ありえないだろ!! 「…っ!じゅ、順一郎さ……何?!して」 「ん?セックス」 「それは……それは、わかってますっ!!………俺は……あなたの運命じゃ………」 「うん、知ってる」 「………じゃ、なん………で」 「直感的に好きになってしまったんだ。はじめ君のこと」 「はぁ?!」 「アルファとかオメガ関係ない………。私は、はじめ君が好き。………それじゃ、ダメ?」 「…………」 ダメ?とか。 そういうレベルの話じゃなくて!! 俺は一番、こういうのか縁遠いはずだったんだ。 なのに、なんでだ?! 真っ先に巻き込まれるって………どういうことなんだよ! オメガのフェロモンってヤツに当てられて、恥ずかしいくらいギンギンになった俺のが、順一郎の中に飲み込まれて………。 やらしい音を響かせて………。 おかしくなりそうなくらい気持ちいい。  「ねぇ………はじめ君。抱いて………」 そう言って俺の首に腕をからめてくる順一郎から、あの甘い香りがより強く俺を包み込んで………。 その瞬間、理性的なものが吹っ飛んだ。 本能のままに順一郎の体を抱きしめると、順一郎をベッドに押し倒す。 ………もう、ダメだ。 俺、何してんだ………でも、とまんねぇ。 生まれて初めて、男を抱いた。 ましてや、オメガなんて初体験もいいとこで。 俺の身に降りかかったこの状況が、いまだに信じらない。 というか、できれば夢であって欲しいと思ってる。 女の子とは、まぁ……。 そこそこ経験もありまして………。 ベータ同士の後腐れのない、無難な関係を築いていたし。 むしろ一般のベータより鈍感な俺は、オメガのフェロモンに巻き込まれることなんて全く無く。 今まで平和に過ごしてきた俺の人生の歯車が、とんでもない方向に狂い出した瞬間だったんだ。 ………でも、すごいな……オメガって。 こんなンなんだ。 ベータの俺でも、ソコに挿れたくなるような。 組み敷いた相手の全てを支配したくなるような。 体の本能が、頭の理性を支配する。 勝手に、体が動くんだ。 順一郎の白い体は、高級な絨毯みたいに滑らかな手触りで、感度も最高にいい。 しかし、その肌の内側は欲情にまみれた激しい炎を宿してるかのように、熱くて締め付けるように絡まってくる。 だから、止まらない………。 信じられないくらい、体が動く。 「……んっ……あ………はじめ君ので………ここ、いっぱい」 俺の体の下で恍惚とした表情の順一郎が、しなやかな手で下腹を撫でて言った。 ………あ、あーっ!? や、やってしまった………!! まさか、まさか………。 いきなり、生でヤッてしまってたなんて!! いくら理性がぶっ飛んでたとはいえ、初対面でオメガというオプションがついた良家の御曹司に種付けするなんて………。 ヤバすぎだろ、俺っ!! 瞬間、みつるが心配しすぎて、発したあの言葉を思い出した。 「お母さんのお友達の人って、お金持ちなんでしょ?僕、余計なこと言ったりしたら、どっかに売られちゃうなんてことない?」 ………みつるより先に、俺が売り飛ばされてしまいそうだ。 フェロモンに当てられて、頭がぼんやりしているにもかかわらず、すーっと背筋が寒くなるのを感じる。 そんな動揺しまくった結果、順一郎の腹の上で石化した俺に、順一郎はそっと腕を回して言った。 「やっぱり、私の思ったとおり………はじめ君、最高」 クラッとするような笑顔が俺の胸を弓矢のように射抜いて、暗示にかけられそうなくらい甘い香りが散弾銃のように全身を貫く。 ………ヤバい、順一郎から逃げられない……かもしんない。 みつるを守るどころじゃない。 半年なんて………たった一日も経ってないのに。 真っ先に、俺が落ちてどうすんだ。 「私の発情期はちょっと特殊でね。 こう見えて、今、発情期真っ只中なんだよ。………私は長男でオメガだから、菊浦の世継ぎを産まなきゃならないから。 ………なら、一目惚れした好きな人と一生を添い遂げたいんだ。………よろしくね、はじめ君」 「………どうして?」 「何?はじめ君」 「どうして、俺なんですか?」 「はじめ君?」 「俺はベータで。 正直、あなたに相応しいとは到底思えない。………あなたは、俺に好意を抱いていると言っているけど、それが本心かどうかも分からないし………。 ………こんなこと、こんな酷いことをあなたにしておいて言うのも説得力がないけど、俺は………あなたが好きになのかどうかも、分からない。 オメガには、運命的な繋がりを持つアルファがいるんじゃないんですか? ………俺は多分、その運命には敵わない。 ただの、ベータなんですよ?」 順一郎は優しげな笑みを浮かべたまま、俺の頬をそっとその手でなでた。 「はじめ君、アルファの人口比率は?」 「……77億人の約15%ですか?」 「そう、約12億人がアルファという計算になるね。 オメガはさらに少なくて約7億人。 そもそも相対数が合わないのに、運命とかおかしな話じゃないか。 出会う確率なんて、針の穴を通すが如き確率だよ? だから、僕は運命なんて不毛なモノは信じない。 自分の直感に従うんだ」 穏やかなのに、何故か冷たく感じる順一郎の口調が、俺の胸をチクッと刺した。 大企業の御曹司で、オメガということも凌駕してしまうくらい恵まれた環境にいるはずなのに、この人は一体、どういう経験を積んで、どうやって今まで生きてきたんだろうか。 守られて、かわいがられて、世間を知らない人の言葉じゃない………。 だから、俺は………俺の体の下にいるこの人から、目を逸らすことが出来なくなってしまったんだ。 「はじめ君。君のこと色々調べさせてもらったよ。 君はベータだからって自分自身を卑下しているけど、その辺のアルファより優秀じゃないか。 大学だって旧帝大を現役で合格してるし、このままでいくと学生総代で卒業だろ? それに国家一種にベータで受かったの、はじめ君くらいだろ? ………でもそんなのは、はじめ君の極一部のことだ。 そんなことより。 ………そんなことなんて気にならないくらい、私ははじめ君の写真を見て〝この人しか、ありえない〟って直感した。 その感情は、嘘じゃない。 ………嘘じゃ………ないんだよ、はじめ君」 澄んだ瞳に涙をたくさん蓄えているせいか、順一郎の瞳はその中に星を宿しているかのように、揺らめいて………。 嘘を、偽りを、言っている目じゃないことくらい、鈍感な俺でもわかる。 決して、フェロモンのせいでもない。 決して、順一郎がオメガ性で、俺を惑わしてるわけでもない。 ただ単純に。 順一郎に、一気に惹かれてしまった。 「………後で、〝運命〟が現れても………知りませんよ?順一郎さん」 「はじめ君は、たかだか〝運命〟くらいで、私が流されてしまうタマだとでも思う?」 「………いいえ」 そう言うと、俺は順一郎の鮮やかな色をした唇に惹きつけられるようにキスをした。 ………まだ、俺は。 順一郎が好きかどうかは、分からない。 強いて言うなら、順一郎を愛することができるのかもわからない、けど……。 間違いなく、これだけは本当に。 順一郎の全てが知りたいと思った。 順一郎の考えてることとか、順一郎の笑顔を独り占めしたいとか。 そんな感情が渦巻いて、それが瞬発的に体を動かす原動力に変化する。 「………あ、あぁー!………はじめ…く。もっと……奥………ついて」 順一郎の内側が急に熱を帯びて、より蜜を溢れさせるから………。 頭はクリアで、フェロモンに当てられてる感じはしないのに、より激しく、抱き潰すと言う表現がピッタリなくらい、順一郎と繋がっていたくなったんだ。 「………はじめ……く……ん」 「順一郎……さん」 あれから。 発情しまくる順一郎と、順一郎の全てを知りたくなった俺は、力尽きてしまうまでほぼほぼ一晩ヤリまくった。 オメガの発情期って、すげぇ……んだな。 あんなに喘いで、あんなにイキまくってるのに疲れを知らないんじゃないか、ってくらい、順一郎は絶えず俺を求めて。 それにノせられた俺は、順一郎をこれでもかってくらい、突きまくって。 ふと目を覚ました俺の隣には、発情期による全ての熱が抜けきって、俺の肩におでこをひっつけと気持ち良さげに寝ている順一郎がいる。 冷静に考えると………あれだな。 ………なんつーことをしたんだ!っていう気持ちと。 こんなにハッキリ、そして真っ直ぐに俺を「好き」と言ってくれたことに対する嬉しさと恥ずかしさと。 変な感じだけど、安心するような。 一刻も早くベッドから立ち上がりたいのに、この順一郎の寝顔をずっと見ていたい、という衝動に駆られて。 …………頭が、カオスだ。 と、同時に。 今は素直で子供っぽいみつるも、順一郎みたいにあんな大胆な感じになるんだと思うと、情事の後の微睡みから、一気に覚醒してしまった。 つい、よせばいいのに。 順一郎のあられのない姿にみつるを重ねてしまって………。 俺は兄という立場ゆえに、気絶してしまうんじゃないかってくらい意識が遠のく。 や、やっぱり………。 みつるには、まだ早すぎるこんなコト。 「………はじめ、君?」 俺の変なリズムを刻む動悸が、ひっついた肩からおでこに伝わったのか、順一郎が目を覚ました。 故意ではないけど、順一郎を行為中に泣かせてしまったせいで、順一郎の目尻は濃い梅の花みたいに赤くなっている。 「順一郎さん、起こしてしまいましたね。すみません」 俺の言葉に、順一郎は俺が独り占めしたいと思った笑顔で返事をした。 「体、キツくないですか?」 「平気。はじめ君も大丈夫?」 「俺は………大丈夫です」 「本当?本当は、腰にキてんじゃないの?」 「………あはは」 「ごめんね、はじめ君。私がすごくおねだりしたから」 「いいえ。でも、順一郎さん。俺、一つ分かったことがあります」 「何?はじめ君」 「もし順一郎さんの前に〝運命〟が現れても、俺、負けません。というか、負ける気がしません。だから………」 「だから?」 「好きになっても、いいですか?順一郎さん」 そう言って。 俺は順一郎のしなやか体に腕を回すと、再び唇を重ねた。 重なる口の、絡まる舌の奥から、順一郎の「うん」という小さなくぐもった声が、骨に響くように俺に伝わって。 まんまと。 母親たちの思惑どおりの結果を残してしまったんだ、俺は。 なんの変哲もないベータの俺が。 一番ダークホース的な、俺が。 真っ先に………その策略に、ハマってしまったんだって………。 ………ぁああ、ごめん………つぐむ。 兄ちゃんは、意思がアリんこみたいに小さなヤツだったよ。 ………ぁああ、すまん………みつる。 兄ちゃんの方が、真っ先に粗相をするとは思わなかったよ………。 兄ちゃんが消えたと思ったら、どっか売り飛ばされてると思ってくれ。 でもな、俺………。 よく分かんないんだけど………。 幸せなんだ。

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